5月25日にアイルランドで実施された国民投票で、人工妊娠中絶解禁への賛成票が66.4%に上った。これを受けて、同国政府は29日、レイプや近親相姦による妊娠も含むすべての中絶を禁じる憲法修正第8条を撤廃する法案を夏までに国会に提出するとした。法案が成立すれば、妊娠12週まで、母体に危険がある場合は24週まで中絶できるようになる。中絶が2013年までは終身刑、それ以降は禁固14年の刑罰の対象であるこの国で、中絶合法化は大きな進展。国内で中絶できないため毎年5千人のアイルランド女性が渡英して堕胎したり、ネットで堕胎薬を購入していた。だが、医師組合は信仰上の理由から施術を拒否する権利を政府に求めており、法成立後も中絶の門戸がどの程度開かれるかは不明だ。
世界的にはアフリカ、南米、東南アジアを中心にまだ中絶を禁止する国が多く、5月30日付ル・モンド紙によると、世界の女性の42%は中絶にアクセスできないのが現状であり、毎年4万7千人の女性が闇中絶で死亡している。ヨーロッパではマルタが中絶を禁止しているほか、ポーランドでは中絶が認められるのはレイプ・近親相姦による妊娠、母体に危険が及ぶ場合、胎児に障害や難病の危険性が高い場合に限られる(施術した人には3年の禁固刑)。同国で中絶全面禁止法案が2016年に検討された際は反対運動で廃案になったが、昨年11月にカトリック諸団体が85万人の署名を集めて障害や難病の危険性の条件を廃止する法案の国会審議を要求した。保守派の与党はこの法案に賛意を示している。
中絶合法国では中絶へのアクセスが保障されているかといえば、必ずしもそうではない。合法化から40年経つイタリアでは70%の医者が施術を拒否しているため年々闇中絶が増えている(伊当局によると2017年で2万件)。フランスでも2005年頃からパリやリヨンなどで中絶に反対する「命のための行進」デモが毎年行われているほか、2016年から若者を中心とした中絶反対団体「生き残り者」がデモを行ったり、偽の中絶関連情報をネット配信するなど中絶反対の活動は近年むしろ活発化している。ここ10年来、中絶を行う病院数も減って中絶へのアクセスも制限される傾向にある。シモーヌ・ヴェイユ厚生相が闇中絶せざるを得ない女性を守るために、脅迫や誹謗にも屈せず中絶合法化法案を提出したのは1974年。44年も経ってそれに逆行する状況になることを予想した人がいるだろうか。(し)