『 顕れ(仮題) 』
Red in blue trilogie
レオノラ・ミアノ著 / L’Arche刊
カメルーンと日本。
カメルーン出身の作家、レオノラ・ミアノの戯曲がこの9月からパリのコリーヌ劇場で、日本の演出家・劇団によって上演される。ミアノといえば、カニバリズム描写を含み議論を呼んだデビュー作『夜の内側』(2005年)に始まり、常に話題作を発表し続けるフランス語圏アフリカの最も注目すべき作家の一人だ。
その彼女が、かつての大西洋奴隷貿易を主題とした作品『顕れ』の演出家として選んだのが宮城聰。2016年6月にケ・ブランリー美術館で上演された宮城演出による『イナバとナバホの白兎』を観劇して、彼に演出を依頼することを決めたのだという。この種の主題を表現するにあたり、アフリカでもヨーロッパでもなく、あえてアジア出身の芸術家が選ばれるというのは珍しい。
奴隷貿易と「加害者」としてのアフリカ。
『顕れ』は、それに続く二編『生け贄たち』『墓』と併せた三部作『レッド・イン・ブルー』の冒頭を飾る作品。『生け贄たち』では、植民地のプランテーションから逃亡した奴隷たち(マルーン)の共同体の存亡をかけたせめぎ合いが描かれ、『墓』では、アフリカ大陸に眠ることを夢見た兄のために、DNA鑑定(!)で血縁関係が証明された部族の統(す)ばる地に兄の遺体を埋葬しに向かう妹の旅路を通じて、世界に散らばる奴隷の子孫たちとアフリカ大陸との繋がりが寓話的に語られる。
芸術家としての挑戦。
奴隷貿易の長い歴史がこの三部作に凝縮されているわけだが、『顕れ』はその中でも異色の物語だ。それは神話的世界観のもと、生と死の境が曖昧とした、どこともしれない場所で展開される。問題はこうだ。宇宙の創造神「イニイエ」が、これから生まれでる魂たちが人間の肉体に宿ることを拒否するというストライキに直面する。その要求とは、過去の魂たちが自分たちの犯した罪を告白するというものだった。すなわち、なぜ彼らは他の人間たちを捕え、そしてよそ者たちに引き渡してしまったのか…。こうしてこの物語は、奴隷貿易におけるアフリカの人々の「加害者」としての側面に光をあてている。
ミアノはあるところで、フランスでは、アフリカ出身の作家にはアフリカについて書くことだけが期待されると語っている。彼女らに出版社や読者が求めるのはエキゾチックな「文化的商品」としての価値であり、彼女らの作品に人類の普遍的な問題を見出す人は少ないのだと…。
彼女は、このように西洋がアフリカに向けるステレオタイプな眼差しにはっきりと否を突きつける。奴隷貿易の歴史、それは「アフリカ」の、「黒人」にとってだけ重要なものなのか?その歴史を、よそ者である日本人が演じるということ。そこに賭けられているのは、その出来事を、この世界全体が共有する人間の過ちと苦痛の歴史として私たちが受け止められるか、ということではないだろうか。この挑戦が果たしてどんな演劇となるのか、この目で確かめたい。(須)
レオノラ・ミアノ
73年、カメルーン西部の都市ドゥアラに生まれる。今回の『顕れ』と同様のテーマを扱った小説『影の季節』など著書多数。ヨーロッパにおける人種差別などの問題についても積極的に発言している。
『顕れ Révélation』 公演情報
作:レオノラ・ミアノ
翻訳:平野暁人
音楽:棚川寛子
出演:SPAC
公演日:9月20日(木)~10月20日(土)
公演数:全27公演 ※9/24(月)、10/1(月)、8(月)、15(月)休演
会 場:フランス国立コリーヌ劇場 Théâtre national de la Colline
上演台本、演出はSPAC-静岡県舞台芸術センター芸術総監督を務め、17年にはアヴィニョン演劇祭のオープニングも飾った宮城聰。彼がアフリカの神話的世界観をどのように解釈するかにも注目が集まる。