『Bangkok Nites』
邦画のスケールをはるかに凌駕。

『 Bangkok Nites 』

©Bangkok Nites Partners 2016

 数年前、『サウダーヂ』という映画に衝撃を受けた。そこには私の知らない日本が、予想だにしなかった日本が描き出されていた。過疎化した山梨県甲府市周辺、シャッター通り、そこに生きる若者たち、ブラジルや東南アジアからの移民たち、鬱屈(うっくつ)するエネルギー、彼らの、いや21世紀の今日を生きる私たちの未来は…?そんなことを問い詰められたような映画だった。

 その監督、富田克也の新作『バンコクナイツ / Bangkok Nites』が公開された。今回、監督とその仲間の映画作家集団「空族」はタイに腰を据え、バンコクの日本人向け歓楽街を舞台に、そこに集まる人々の生態に迫る。

 主人公は、ラオス国境に近いメコン川沿いノンカーイ県から出稼ぎに来ているラック。彼女の目的はひたすら金稼ぎ。故郷には彼女からの送金を頼りにしている家族がいる。ここに来る日本人(もちろん男性のみ)は、いけすかない奴らだ。でも、ラックは彼らと付き合い、うまく渡り歩く。バンコクに住み着いた日本人たちも登場する。日本社会からドロップアウトした連中だ。みな怪しい仕事で生計を立てている。そんな中の一人、オザワ(監督の自演)は元自衛隊員、初めてPKOで派遣されたのがカンボジア。以来、彼は、タイの隣国であるかつてのフランス領インドシナ (ラオス、カンボジア、ベトナム)に何故か愛着を覚えている。インドシナ戦争からベトナム戦争へ、その戦争の痕跡が今も深く残る地域だ。ラックとオザワは、友情のような恋人同士のような関係で結ばれている。二人はラックの郷里へ赴く…。

 この映画、3時間もあるけれど、飽きない。断片的な話が錯綜する群像劇が東南アジア的な時空間に流れる。過去を背負い、将来を見据えながらも刹那的に生きる人々、いけすかない日本人も、落ちこぼれ組も、したたかな女たちも、監督は愛おしく包み込む。邦画のスケールを遙かに凌駕している。(吉)