マダム・キミのシルバーラウンジ2018年6月1日号

 

 三嶋愛子さんは年末に90歳になる。東京に生まれ、父親は大手商社の取締役。16歳で終戦を迎え、7人兄弟姉妹の下から3番目。東京女子大の国文科卒。中学校の国語教師を務め、日仏学院でフランス語を学ぶ。58年、飛行機で渡仏。ソルボンヌ仏文明講座とアリアンス・フランセーズに通う。仏語版著書 『 Le goût du motchi 』と『 Le goût du café au lait 』をパリで出版。

  来仏された当時のパリはどうでしたか?
  フランスはアルジェリア戦争の最中にあり、日本の戦時中の思い出がまだ鮮やかだった時期でしたので、フランスの植民地時代の形跡を肌に感じざるをえませんでした。その10年後には学生たちによる68年革命でしょ。数年付き合った日本人学生との間に一子が生まれ、小説家志望だった私と彼とは理解し合えず、じきに別れました。以来、一人息子を育てたシングルマザーです。仕事は、大手日本商社に就職し、34年間、社長秘書を務めました。

日系企業で働く日仏社員の関係はどうです?
  今はバイリンガルの日仏ハーフの人が増えていますが、60年前は、純粋な日本人とフランス人という、2カ国、2言語の社員が同居したわけです。日本人同士は日本語で、フランス人同士はフランス語で冗談を言ったり、話し合ったりします。離れて聞いていると、同国人同士がこそこそ悪口を言っているのではないかと勘ぐったりします。また体質というか、文化の違いからか、日本人はむしろ人情を重んじるのですが、フランス人は労働条件などについてもどこまでも雇用契約など、文字で書かれた規約を盾にとります。ですから日本人の上司のむずかしい点は、フランス語でどこまで仏社員を説得できるかにかかっていると思います。

  お一人になってから仏男性との出会いは?
  ありません。私は古い日本人だと思います。日本語の言いまわしや表現などを使い合える相手に出会えなかったのです。自分がフランス人に合わせようとすると、いわゆる日仏二重人格にならざるをえないでしょ。欲張らずに日本人であるだけで充分です。ただ意識しなければならないのは、自分がフランスにいるという地理的、文化的な問題だと思います。パリには仏女性と結婚した息子からひ孫までいます。