マダム・キミのシルバーラウンジ2018年10月1日号

 

 

 A氏(65歳)は栃木県の足利市に生まれ、父親は繊維機械会社勤務。A氏は20代初めに英国に留学中、仏女性と知り合い、4年滞在の予定を2年に繰り上げ、1976年パリに。2年後、郷里に戻る。英国、パリで付き合っていた彼女が足利に来て、1年後に結婚。日本語に興味のあった彼女は、足利の田舎に9年滞在中、仏英語を教えたりし、上州弁なまりの足利弁が上達。

  敬虔なカトリック家庭出の奥さんの家族は仏教徒Aさんとの結婚をどう受け止めました?
  妻の母は11人の兄弟姉妹、そのうちの5人の姉妹がシスターになり、父親の5人の兄弟のうち1人は神父さんです。それくらい敬虔な家庭ですから、先ず母親は娘が仏教徒と結婚することに反対しました。私がカトリックに改宗しなければならず太田の神父に2年間カテシズム(キリスト教理)を学び、ミキ・パウロという洗礼名を頂き、その証書を彼女の両親に見せて結婚できました。私の両親に「ぼくはキリスト教徒に改宗した」というと、父は「へー、キリスト教にね」と何の疑問も抱かず、拝む神さまが仏さまの代わりにキリストになったくらいに思っているようです。

  来仏してからはどういうお仕事を?
  私が繊維関係の英仏向け輸出の仕事をしていたので輸送業界大手ボロレ社の幹部の面接を受け、採用されました。世界を相手にするボロレ社に就職したものの当時彼らにとってのガイジンは私1人。80年代に日本へのボージョレの大量輸出が始まりました。仏大企業で働くことのストレスは想像以上です。2010年代に入って、自分も一旗揚げようと、21年勤めたボロレ社を辞め、輸送関係の小企業を立ち上げたのですが、東北地震による経済危機で1年足らずで失敗しました。

  娘さんたちはもう結婚されましたか?
  双子の娘を含めて3人います。長女は7年前に結婚、1人はこの夏、もう1人は来年結婚です。娘たちとはフランス語で話しますが、妻とは足利弁で話し合います。夫婦言葉があるとしたら、言葉がもつ音感というか、抑揚というか、フランス語は何となくガイコク語に聞こえるのです。では妻が日本人妻のように「ねえ、あなた…」というわけではないのですが、妻の足利弁は全然違和感なく耳に入ってくるのです。夫婦それぞれの言語があるように。