マダム・キミのシルバーラウンジ 4月1日号

  S子さん(62)は福島県の会津で生まれ、姉と弟がいる。父親は製材所勤務。高卒後、羽田空港の免税店で働き、24歳の時英語を学ぶため親からの援助を受けずに2年の予定で英国南部の町に向かった。そこでフランス人男性と出会い、一旦日本に帰国するが、彼との英語での文通が続き、彼のラブレターと求婚の手紙で結ばれる。彼は19歳だった。3年後長女を出産。

 英語で結ばれたカップルとしてフランスに来てからもコミュニケーションは英語でしたか?
 フランスに住むならフランス語が必要と、アリアンスに数カ月通いましたが、妊娠、出産と、しっかりと学ぶ時間はありませんでした。次女が生まれたあと、姑が面倒をみてくれて、そのあとは子守に頼んで、ロワシー空港の免税店で働くようになり、定年まで31年間勤めました。夫は空港公団に勤め、セーヌ・エ・マルヌ県に一軒家を購入できました。でも結婚13年後、まだ37歳だった夫は毎日のルーチンに飽きたのか、再出発したいので離婚してくれと言い出しました。
この時、私は42歳で経済的にもかなり自立していたので、その代りに家はローンごと贈与してもらえました。彼はそのあと2回再婚し、わたしたちの娘も含め合計子供5人の父親です。私は56歳の時、TV局勤務の63歳の仏男性と再婚しました。いわば熟年再婚の定年退職者同士です。再婚したとはいえ、やはり最初の夫の重みを感じざるをえません。彼とは英国で出会い、運命のいたずらだとしても私の人生を決めた決定的な偶然の出会いでした。日本人でいながら世界のどこに住むか分りません。

 S子さんは日本と英国、フランスのどの国がご自分に一番合うと思いますか?
 37年も日本からは離れていますが、自分のルーツは日本にあると思います。日本なしには自分は存在しないのですから。日本語で読書するとき、そこに本当の自分がいると思えるからです。32歳、35歳になる娘たちは日本文化に関心をもっていますが、日本文化とフランス文化の融合というのは難しいと思います。でも両方の文化が薄められながらも、両方の良いところが結ばれないはずはないと思います。孫たちがどこに住み着くか分りませんが、祖母は日本人だったと思い返す時期が来るかもしれません。