『Burning』イ・チャンドン監督、待望の新作。

©Nuri Bilge Ceylan films

 『ペパーミント・キャンディー』などの名作で知られるイ·チャンドン監督。一時は韓国の文化大臣を務め、自国の文化発展に尽力。しかし、映像作家の道も忘れていない。村上春樹の短編『納屋を焼く』が下敷きの『Burning』は、8年ぶりの待望の新作。先のカンヌでは国際批評家連盟賞を受賞した。

 作家志望の青年ジョンスは、町で幼なじみのヘミと再会。ふたりは惹かれ合うが、ヘミはすぐにアフリカ旅行に発つ。数日後、空港に迎えに行くと、見知らぬ年上の男を連れていた。ベンと名乗るこの男、笑みを浮かべ感じはよい。若いのに愛車はポルシェ。「パスタは好き?」などと聞いては (パスタが嫌いな人などいるのか?)、ジョンスたちに手料理を振舞う。正体はIT長者あたりか。現代版『華麗なるギャツビー』を地で行く男なのだ。

ヘンミ役を演じる新人、チョン・ジョンソ。

 貧しいジャンスとヘミ、そして富豪のベン。彼らは奇妙な三角関係を形成し、たわいのない日々を過ごす。だが、ほどなくヘミは姿を消す。映画はサスペンスドラマの味わいを帯びる。

 暮れ行く空を背に、ヘミが踊るシーンは印象的だ。マイルス・デイビスの泣きのトランペット(『死刑台のエレベーター』)が響き、やがて彼女は涙をこぼす。美しく哀愁を帯び、往年のATG(日本アート・シアター・ギルド)の青春映画を思い出させる。その一方、この映画は非常に現代的な物語でもある。浮かび上がるのは貧しい若者の幻想や焦燥感、あるいは富豪の底なしの倦怠感。思えば1920年代の富豪ギャツビーは、退屈こそしていたが、純粋な男だった。それなのに現代のギャツビーときたら…。その心の闇は、あまりに深く濃い。結局、現代の男たちが(物理的な物に限らず)焼き尽くしたいものは何なのか。そんなことを考えさせられた。(瑞)

スティーヴン・ユァン