ヌーヴェル・ヴァーグの生き伝説アニエス・ヴァルダと、現代アート界の寵児JR。88歳と33歳のふたりは2015年に出会い意気投合。フォトマトン(証明写真機)付き特製トラックに乗り込み旅に出る。「人々を撮影し巨大ポスターにして壁面に貼る」というJRのライフワークであるパフォーマンスで市民と交流しながら、ヴァルダが得意なドキュメンタリー映画に仕上げるのだ。
登場するのは北フランスの炭鉱者や坑夫用住宅の住人、南仏の郵便配達員やウェイトレス、パリ近郊の農夫…。若き写真家時代のヴァルダが撮影に使った思い出の浜辺も訪れる。全編市井の人々へのオマージュと、優しいノスタルジーに満ちている。
人々や世界を知る旅だが、同時にヴァルダとJRが互いを知る旅でもある。JRはヴァルダを年寄り扱いも、服従すべき巨匠扱いもしない。ヴァルダも偉ぶらないから、ユーモアにくるまれた丁々発止が心地よい。「あなたたちはどうやって出会ったの?」と聞かれ、JRが「Meetic(出会い系サイト)」と答えると、「その冗談は嫌い」と突き放すヴァルダ。その一方、ヴァルダが「昔、私の映画のためにゴダールはサングラスを外した。あなたも取って。行儀も悪い」と詰め寄るもJRは拒否し続ける。人間だしアーティストだし、たまに意見が合わないこともある。でも互いを尊重し、言いたいことを言い合える建設的な関係だ。やがてヴァルダは盟友ゴダールに会いに行こうと提案、ふたりはスイスの町ロールへと向かう。
「絶望映画の品評会」のような今年のカンヌで珍しく希望を感じさせ、清涼剤のように観客の心を潤した。カンヌ映画祭のルイユ・ドール(最優秀ドキュメンタリー賞)受賞作品。(瑞)