画家が愛した自然のなかで作品に出会う。
「テオフィル=アレクサンドル・ステンレーン 秘密の庭、モンマルトルからオワーズの渓谷まで」展
”Les Jardins secrets de Théophile Alexandre Steinlen, de Montmartre à la vallée de l’Oise”
オヴェール=シュル=オワーズといえば、ゴッホが最後の時間を過ごしたパリ郊外の町。そのゴッホも作品に描いたこの町の17世紀の城で、テオフィル=アレクサンドル・ステンレーン(スタンラン表記も多い)の絵画展が開催されている。
マグカップ、手帳、ポスター……。パリの土産屋さんでよく見かける黒猫の絵。パリのベル・エポックを象徴するアイコン的な存在だ。これを描いたステンレーンは激動の時代を軽やかに駆け抜けたヒューマニストかつナチュラリストの画家だ。
会場のオヴェール=シュル=オワーズ城では、幾何学的な模様が美しいフランス式庭園側に入口がある。入口近くではさっそく可愛らしい猫のブロンズ像たちが来訪者をお出迎え。最初の展示室には有名な、モンマルトルのキャバレー「シャノワール(黒猫)」のポスター(上写真右)。
ステンレーンは1859年、スイスのローザンヌ生まれ。芸術家を志し、仏東部ミュールーズにあるテキスタイル工場でデザイン画を担当したのち、1881年にパリに移る。彼が住んだコーランクール56番地の庭付きの家で20匹もの猫を飼い、「Cats Cottage キャッツ・コッテージ」と呼ばれた。会場で見られる落款印(らっかんいん:書や絵画などに入れる印。写真下)の原画にも猫がおり、骨の髄まで猫愛を感じさせる。
ただし、「猫おじさん」では終わらない。とりわけ、変わりゆくモンマルトルや郊外、そこで逞しく生きる人々に繊細な目を向けているのが印象深い。上流階級から芸術家、労働者、物乞いや売春婦、路上の子ども、家族(とりわけ赤ちゃんの時からモデルとして描いた娘のコレット)、友人知人に至るまで、描いた対象は幅広い。表現媒体も時代と歩を合わせるように、広告ポスターや新聞・雑誌、楽譜まの挿絵まで、柔軟にこなしている。
第一次大戦中は戦争画も手がけた。すでに50代半ばを過ぎていたこともあり、従軍画家として戦地に赴いたのだ。ステンレーンの仕事の中ではほとんど知られていない時代であるが、兵士たちの悲しみや疲労に心を寄せるヒューマニストの顔が垣間見られる。
秘密の庭。
最後の展示室は自然をこよなく愛した画家の素顔が偲ばれるだろう。ステンレーンは都会の喧騒を逃れるように、1906年からは、パリから30キロにあるオワーズ渓谷の村ジュイ=ル=ムーティエ(当時の名はジュイ=ラ=フォンテーヌ)に別荘を構え、ガーデニングに勤しむように。
モネやカイユボットのようにガーデニングが得意だった彼は、植物学者のような緻密さでアネモネやダリアなど花の絵を愛情を込めて描いた。展示ケースには、こまめに付けていたというガーデニング日記や、彼が庭仕事時に履いた木製が陳列される(写真上)。彼の家は現在でもまだ子孫が管理しているというが、モネやカイユボットの家のように一般公開はされていない。彼の家がオワーズ渓谷のどこかで、今もひっそり存在するのを想像してみる。
都会と田舎の暮らしを自分のペースで存分に満喫しながら、1923年にパリで亡くなったステンレーン。来年はちょうど没後100年に当たりオルセー美術館でも個展が開催予定である。だが一足早く、画家が愛したオヴェールの自然のただ中で作品に出会うのも格別な体験となるだろう。9/18まで。(瑞)
***近くのドービニー美術館でもモンマルトルを描いた版画家ウジェーヌ・ドラートルと画家アルフレド・ミュラーの展覧会「子ども時代の印象」を開催。
Impressions d’enfance, Eugène Delâtre et Alfredo Müller
ゴッホの家とドービニーの家の近くにあるドービニー美術館でもモンマルトルを描いた版画家ウジェーヌ・ドラートルと画家アルフレド・ミュラーの展覧会「Impressions d’enfance 子ども時代の印象」。子どもや猫たちへの愛情深い眼差しに癒される。2022年9月18日まで。
Musée Daubigny : Manoir des Colombières
Rue de la Sansonne
95430 Auvers-sur-Oise
Château d’Auvers-sur-Oise / Orangerie Sud
Adresse : Rue François Mitterrand , Auvers-sur-Oise , FranceTEL : 01.34.48.48.48
アクセス : ■ パリからの行き方 : パリ北駅からSNCF・H線Valmondois, Pontoise行き。Valmondoisで乗り換えAuvers-sur-Oise駅まで。日曜は直行あり。パリ・サン・ラザール駅からPontoise乗り換えなども。 RER C Pontoise方面 Saint-Ouen-Aumône下車 Trancilien乗り換えCréil方面Auvers駅。
URL : www.chateau-auvers.fr
火~日曜 10h-18h(« 印象派のヴィジョン »コースは最終入場17h)