連載コラム

警察暴力の裁きを求めるルゲさん。

破棄院の判決前に、ルゲ事件の究明を求めてパリ裁判所前で会見を行ったルゲさんの弁護士、アタックの事務局長、ルゲさんを支援する野党国会議員たち。 2019年3月23日。ニースで黄色いベストのデモに参加していたNGO「アタック」の活動家ジュヌヴィエーヴ・ルゲさん(73)は警官から突き飛ばされ道に倒れ、肋骨が折れ、頭蓋...

Maison Legeronのコサージュ

 帽子やドレスなどを飾るコサージュや羽根は、19世紀末から第1次大戦までのベル・エポックのフランス女性のファッションを思い起こさせる。オートクチュールのメゾン、そしてデパートや既製服が生まれ、ファッションの大衆化の兆しが見え始めた時代だ。コルセットから解放された上流階級の女性も中流層の女性も華やかな帽子を被り、コサージ...

やっぱり、夜行列車で旅がしたい!

 10年ほど前まで、パリから多くの都市に夜行列車が出ていた。寝台車で行く旅は、ホテル代が節約できる上、到着後すぐに活動できるので便利だ。ところがフランス国鉄(SNCF)が路線の赤字を理由に夜行を減らし、ついにパリとトゥールーズ/ロデス/ブリアンソン/ラトゥール・ド・キャロル(ピレネー地方)を結ぶ線だけになってしまっ...

ルソーの静かな食卓 〈6〉

 母親を知らずに育ったルソーだったけれど、その人生は多様な女性たちにいろどられている。何人か挙げられる重要な女性の中でも、孤児同然だったルソーの人生をすっかり変えてしまったのがヴァラン夫人だった。 出会ってから程なく「ママン」「坊や」と呼びあうようになったふたりの関係は約10年間続き、その間に、少年だったルソーは...

マダム・キミのシルバーラウンジ:としこさん

とし子さんは、1943年東京生まれ。4歳の時、戦災を恐れた母親と伊東に疎開、父は戦死。戦後、東京に戻る。料理が好きだった母は、親戚が営んでいたレストランを手伝いながら、娘2人を育てつつ祖父の面倒をみた。母は妻を亡くした男性と同居、とし子さんは私立校に入る前にその義父の籍に入籍。銀座の和光に就職。24歳で退職し、...

Société Albertiniのガラスタイル

8x8cm、厚さ0.5cmのガラス。約14枚 (1kg)で15.10€。 タイル、モザイク、ステンドグラスなどインテリア建材としてのガラスには様々な種類があるが、手作りガラスは大量生産品にはない独特の風合いがあり、人気が高まっている。1925年にパリ郊外モンティニー・レ・コルメイユで創業したアルベルティーニ社は...

持続可能な魚介類の詰め合わせ。

  「ポワスカイユ」は、持続可能な漁法で獲った近海の魚介類を詰め合わせた「パニエ」にして一定の場所に配送する会社だ。創始者のシャルル・ギリエクさんは農水省で大型漁船に補助金を出す仕事をしていたが、「世界を変えたい」と、2015年に小型漁船を援助するこの仕事をイヴ・アンセルムさんと始めた。 ...

マダム・キミのシルバーラウンジ:『やどかりの人生』T子さん

T子さんは88歳。1973年に来仏して以来、日系金融機関に勤め、63歳で定年を迎えた。それからは、読書三昧の独身生活を愛猫とともに送った。 85歳の時、脳梗塞を患い、数日入院生活を送っていたところ、日本に帰る予定もその気持ちもないT子さんのパリでの余生を考え、以前彼女の親代りになってくれたフランス人女性の...

ルソーの静かな食卓 〈5〉

カトリック教徒になったルソーは、1730年の夏、散策に出かけたサヴォワの村ラ・ヴァレ・ド・トーヌで、知り合いの女性ふたりと忘れられない一日を過ごした。自叙伝『告白』(1770年)に、その甘酸っぱいような日のことが長々と綴られている。 「わたしたちは農家の台所で食事をした。(中略)なんという食事!なんという...

CBG-Mignotの鉛の兵隊

軍旗を掲げる、サン=シル士官学校の歩兵(1812年)  鉛の兵隊は欧米で19世紀から20世紀前半まで男の子の玩具の定番だった。主に独、仏、英で製造され、70〜80代以上のフランス人男性はナポレオン軍や第1次大戦の兵隊フィギュアで遊んだ思い出のある人が多いそうだ。第2次大戦後はプラスチック製に取って代わられ、80年代...
 

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