
2000年代初頭、仏東部ミュールーズ郊外の労働者宅から、突然エゴン・シーレの絵画が姿を現し、アート界をどよめかせた。洗練されたミステリーやサスペンスで定評のあるパスカル・ボニゼール監督9作目の新作は、そんな謎めく実話からインスパイアされている。
パリの競売吏アンドレ(アレックス・ルッツ)は、シーレの絵が田舎町で発見されたとの情報を得て、車を走らせる。それは先の大戦でナチスに略奪され、長らく行方不明となっていた作品。半信半疑で乗り込んだが、実物を前にすぐ本物とわかった。これは彼にとっても大事な仕事になるだろう。そして、オークションの日が近づいてくる。
画家の手元から離れた作品の価値は、いつしか人間の欲望を巻き込み乱高下。アート業界はよそ者にとって、奇々怪々な世界に違いない。そんな奇妙な世界に身を置く人物たちを、ボニゼール監督は冷ややかだが軽やかに、時に楽しげに転がしてゆく。唯一、マネーゲームの枠外にいる素朴な田舎の若者の存在には心洗われる。演出も出演もお手のものの芸達者アーティスト、アレックス・ルッツと、彼の元妻役で現在仏映画最高峰の女優レア・ドリュッケールとの大人のかけ合いも目を引く。
カイエ・デュ・シネマで健筆をふるい、ジャック・リヴェットやアンドレ・テシネ作品の脚本家として名高いボニゼール。その作品群は大衆向けには行儀が良過ぎるが、シネフィル向けにはやや軽めというちょっと損な立ち位置に見えなくもない。とはいえ安定の脚本と興味深い人物造形は見応えがあり、安心して見られる一本だ。昨年亡くなった元パートナーで、遺作がカンヌの監督週間で上映されるソフィー・フィリエール監督に捧げられている。(瑞)
