食の都、リヨン。この町に行くとなると、 「どこで何を食べるか」から計画が始まる。人気店はふらりと行っても満席のことが多いから、滞在中限られた食事回数のスケジューリングが必要になってくる。
リヨン伝統の味を楽しみたいなら郷土料理店「ブション」だが、これが今や大流行り。猫も杓子もブションを名乗っているというから、選ぶのにも注意が必要だ。
絹織物の中心地だったリヨンでは、織工さんたちが朝からソーセージ類や臓物料理、チーズなどを食べる 「マション」と呼ばれる習慣があった。早朝ひと仕事してから、朝にしっかり食事をとったという。昨今あまり見られなくなったが、夜21時以降の外出禁止令が敷かれたリヨンで再開の動きがある。夜ゆっくり外食できないなら、朝しっかり食べようという提案だ。逆境を逆手にとる機転とエピキュリアン魂を感じさせる。
食いしん坊たちがちょっと真剣に、そして楽しそうにテーブルを囲む店内には「おいしいもの食べたい」エネルギーが充満していて、その空気だけで食欲がわいてくる。今回はリヨンの郷土料理を堪能するべく食の都を歩いた(リヨン特集はP1〜4。P9、P12はリヨンから日帰りの旅)。(集)
リヨン、伝統の味をたずねて。
ローヌ川、ソーヌ川ふたつの川が合流し、昔から豊富な食材が往来したリヨン。ルネサンス期には金融・商業都市として栄え富が集まり、食文化の花が咲いた。料理評論家キュルノンスキーが「ガストロノミー(美食)の都」と評した町は今日も世界の美食家を惹きつけてやまない。伝統の味を探していると、”リヨンの母”の存在が見えてきた。
リヨン食文化の立役者、“リヨンの母”とは。
気取りがなく、食材とアイデア、実力勝負の “質実剛健” な魅力にあふれたリヨンの伝統料理。“リヨンの母”たちはその立役者だ。母たちの店を訪ねた。
“Les Mères lyonnaises(リヨンの母たち)”をご存知だろうか。リヨン郷土料理やブションの誕生に多大な貢献をした女性料理人を指す。世界的にも名高いリヨン食文化の隆盛は、彼女たちの存在なしには語れない。
起源はリヨンのブルジョワ家庭に雇われた女性料理人。18世紀ごろ、田舎の貧しい家庭の女性たちが富裕な家庭に雇われ、地域の食材を使った郷土料理に、繊細さを融合させ洗練された料理をつくりだした。やがてフランス革命や、蚕の病気による絹産業の停滞、世界恐慌、戦争などを通して社会構造が変容するなか、ブルジョワ家庭は使用人を雇う余裕がなくなり、料理人は解雇されていく。しかし、この中から後に自身の店を持つ独立心旺盛な女性料理人が登場した。“リヨンの母”の店の誕生だ。当初はリヨン名産である絹織物の織工に食事を提供することが多かったようだ。
リヨンの母の料理には臓物がよく使われる。かつて肉屋が捨てていた内臓などの部位が、母たちによって積極的に使われ始めた。これらは現在のブションでも定番メニューに昇格し、伝統料理として綿々と受け継がれている。
有名なリヨンの母のひとり、“レア母さん”ゆかりの店「La Mère Léa」の料理を監修するクリスチャン・テットドワさん(写真)は、リヨンの母たちの革新性について賛辞を惜しまない。「戦時中など食材が不足した時代に、リヨンの母たちはそれまで捨てられていた部位を、様々な工夫で特別な料理に変えました。その発想力が素晴らしい。現代になってようやく『食材の無駄をなくそう』という声も聞こえますが、臓物使いの先駆者である母たちは、時代のはるか先を行く存在だったのです」。
リヨンの母たちの写真を一目見ただけで も、生き生きとしたキャラクターにすぐに引き込まれてしまう。クリスチャンさんは若い時分、実際にレア母さんに会ったことがある。「エネルギーに満ちあふれ、料理の知識も驚くほど豊富でした。気に入らない客が来ると『もう満員』と入店を断ったり、『残さず食べなきゃダメ』と客に声かけるなど、強い性格の持ち主でもありました。小さな手をしていても大変な働き者で、仕事の効率がいい。腕が良いから料理人から尊敬され、人々に愛されていました」。
こんなエピソードだけでも、パワフルな“肝っ玉かあさん”ぶりが目に浮かぶ。独立心旺盛で努力も惜しまず、才能を発揮したリヨンの母たち。時代を超え、おいしい料理からだけではなく、彼女たちの刺激的な生き方からも、心の栄養をもらえそうだ。(瑞)
La Mère Léa
創業1943年。レア母さんの料理を守りながらも「伝統的ブションのさらに上の味」。秘密は“ソースの達人”シェフ、クリスチャン・テットドワ監修の洗練された味付け。重い印象のあるリヨン料理もさっぱりと食べられる。雰囲気はエレガントで格式の高いブション。並びにはカジュアルな系列店、Le Comptoir de Léa (11 place Antonin Gourju)も。
11 quai des Célestins 69002 Lyon
Tél : 04.7842.0133
火~日12h-14h/夜(日休)18h-20h30
レア母さんのメニュー31.50€/グルメのメニュー45€
lamerelea.com
▶︎▶︎▶︎オヴニーの街歩き(インタラクティブ)マップで、リヨンの街を散策!
現代の “リヨンの母” たちに会いに。
フロランス・ペリエさん
Le Café du Peintre オーナーシェフ
リヨン6区に店を構える、生粋のリヨンっ子。“リヨンの母”料理の再現にこだわるペリエ・シェフにリヨン料理の魅力、「リヨンの母」について話を聞いた。
リヨン料理の魅力とは?
まずは食材の豊かさ。リヨンは古くからローヌ川やソーヌ川が注ぎ込む交通の要所かつ食材の宝庫。川魚や豚やシャロレー牛、ブレス産の鶏、オーヴェルニュのチーズ…。森や渓谷、肥沃な土地が広がり旬の野菜やキノコも豊富。料理人にとって、「150キロ圏内で全てが手に入る」最高の環境です。またリヨンの人は美味しいものに食べ慣れ、舌が肥えていることも重要。客の質が高いため、必然的にレストランの質も高くなるのです
現代の“リヨンの母” と呼ばれるとどう感じますか。
うれしく誇らしいです。でもリヨン料理の伝統を継承する責任も感じます。“リヨンの母”と呼べるか否かは“伝承”の精神があるかどうか。私は生まれも育ちもクロワ・ルース(北部の歴史的地区)、生粋のリヨンっ子です。幼い頃から祖母や母とマルシェに行き、新鮮な食材を使い家庭料理を手取り足取り教わったのが私の料理の礎。店で提供する料理の基本になっています。
今、リヨンには高い能力を持った料理人が、時代に即した料理を提供しています。とても素晴らしいこと。しかし、“リヨンの母”と呼べる女性の料理人は、もうこの街にはほとんど残っていないのが現状です。
常連が多いように見えますが。
私が朝まず店ですることは、予約リストを見て、その日誰が来るのかを確認すること。常連が多いので「この人は人参が嫌い」「この人は大食いだから多めに」などと考えるのが楽しみ。客の舌を喜ばせ、お客と交流できることが最大の喜びです。
Le Café du Peintre
温かみある庶民的な雰囲気の店は 「2013年リヨンのブション賞」受賞。隣のカーブでワインも販売。息子マキシムさんと二人三脚で店を盛り上げる。オマールソースのクネル、アンドゥイエットのグラタン、子牛の頭肉煮込みなど。「質と値段のバランスが見事」と常連さん。
50 boulevard des Brotteaux 69006 Lyon
Tél : 04.7852.5261
lecafedupeintre.com
月~水 昼のみ、 木・金は夜も。土日休。
昼のメニューは前菜、メイン、チーズかデザートで22€。
Café du Jura
厨房に47年。ブリジットさんの店。
創業1867年の老舗。ブリジット・ジョスランさんは1974年にこの店を買ってから47年間厨房に立つ記録保持者だ。ブルジョワ家庭の料理人だった姑から料理の手ほどきを受けたという。平日の昼もあっという間に満席だ。「メニューを見ずに注文できる」常連たちも多いが、ブリジットさんと息子のブノワさんを中心に集まる料理愛好家クラブのようで、皆楽しそうだ。
夜間外出禁止措置を受け夜の営業は金土のみ。しかし、「くじけずに、人生をリヨン流に楽しもう!」のモットーを掲げた 〈夜間外出禁止メニュー〉28.10€や、土曜朝9時からの〈マション〉(テリーヌ、暖かいソーセージとポテト、サン・マルスランチーズとデザート、24€)を始めたりとガッツを感じさせる。「自分で〈ブリジット母さんです〉などとは言いません。〈母〉とは客が自然と呼ぶもの」。謙虚さの問題でもあるそうだ。
Café du Jura
25 rue Tupin 69002 Lyon
要予約 www.bouchonlejura.fr
Tél. 04.7842.2057
日月休。ブション・メニュー27.90€。
Chez Hugon
惜しみなく与える「女の料理」。
「才能あるシェフたちが〈リヨンの母〉の店を買って上品な料理を出すのは芸術的かもしれない。でも〈母〉の料理とはレシピも味も違う。〈母〉の料理は女の料理。寛大に、出し惜しみしないのよ」とアルレット・ユゴンさん(表紙写真)。かつて絹商人の家の料理人だった乳母に育てられ料理も教わった。リヨン市庁舎も近く歴代市長も馴染みで、市から「リヨンの母」として表彰された。1937年からずっと女性がシェフを努めてきた店を夫アンリさんと買いChez Hugonを開いたが夫は7年前に他界、今は一人息子エリックさんが料理をする。上写真のザリガニがゴロゴロ入った大鍋のソースはクネルにかけるもの。
Chez Hugon
12 rue Pizay 69001 Lyon
04 7828 1094
Facebook:Bouchon Lyonnais Hugon
月〜金、前菜+主菜+デザートで29€。
伝説のメール・ブラジエ
リヨンの伝説の母といえば「ブラジエ母さん」こと、ユージェニー・ブラジエ。ブレス地方の農家出身。19歳で未婚の母となり幼子を抱えリヨンで修業。1921年に26才で独立し、クロワ・ルース地区に店を構え大成功。のちにリヨン近郊にも二軒目を開く。1933年にはこの2店同時にミシュランの三つ星を獲得。現在にいたるまでこの偉業を成し遂げた女性料理人は彼女だけ(同年「ブルジョワ母さん」マリー・ブルジョワも三つ星に)。かつてのリヨン市長エドゥワール・エリオは「彼女は私よりも町の名のために貢献した」と母のことを讃えている。ポール・ボキューズも彼女のもとで修業した(写真手前がメール・ブラジエ、後ろ左二人目がボキューズ)。
La Mère Brazier
12 rue Royale 69001 Lyon
今はリヨンを代表する星付きシェフ、マチュー・ヴィアネがブラジエ母さんの料理を継承している。
火~土 : 12h-13h15/18h15-20h45(入店19h15まで)。昼75€〜/夜90€〜
Tél : 04.7823.1720 lamerebrazier.fr
リヨングルメあれこれ
※Covid-19対策により営業時間が変更になる場合もありますので、お出かけ前にご確認ください。
【マルシェ】
A Les Halles – Paul Bocuse(下記事参照)
B Marché Saint-Antoine Célestins:Quai Saint Antoine Lyon 2e.
火〜木 6h-13h/金土 6h-13h30/日6h-14h
C Marché de la Croix-Rousse:Boulevard de la Croix-Rousse Lyon 1er.
水木 6h-13h/火金土日 6h-13h30
D Marché des producteurs fermiers Carnot :pl Carnot Lyon 2e.
水曜のみ16h-19h30.
E Halles Grand Hôtel-Dieu
オテル・デューは1180年代に建てられた病院。16世紀には食いしん坊作家ラブレーが医師として働いた由緒ある病院だったが、2010年までに病院は移転、改装されてインターコンチネンタルホテルが入り、レストランやショッピングモールに生まれ変わった。前出ボキューズ市場に出店する食材の名店が建物内に入り、食事や買い物も可能。2019年にオープンした国際ガストロノミー館は休館中だが再開の動きもある。
Quai Jules Courmont Lyon 2e. / 1 pl.de l’Hôpital (入口は多数ある)
【上に登場したリヨン母たちの店】
1 La Mère Léa
2 La Mère Brazier
3 Le Café du peintre
4 Café du Jura
5 Chez Hugon
【ショコラチエ】
Ⅰ Voisin マジパンでチョコを包んだ不思議な銘菓 「リヨンのクッション」発祥の店。市内に店舗多数。
Ⅱ Bernachon : 42 Cours Franklin Roosevelt Lyon 6e Tél: 04.7824.3798
Ⅲ Palomas : 2 rue du Colonel Chambonnet Lyon 2e Tél:04.7837.7460
Ⅳ Sébastien Bouillet : 15 Place de la Croix-Rousse, Lyon 4e.他 Tél: 04.7828.9089
“リヨンの胃袋” ポール・ボキューズ市場へ!
リヨンっ子の胃袋を支える屋内市場。ミシュラン三つ星を半世紀以上にわたり保持したリヨン近郊出身のシェフ、ポール・ボキューズの名を冠する。1971年にコルドリエ広場から現在の場所に移転。豚肉加工食品店、チーズ、野菜や果物、魚屋、パンやパティスリー、生牡蠣、総菜屋など、地元の名店を中心に56のスタンドが並ぶ。ボキューズが愛した豚肉製品の「Maison Sibilia」、チーズの「La Mère Richard」、魚の「Maison Pupier」など。イートインのスペースもあるのでお腹を空かせて寄ってもよい。土産探しにも最適の場所だろう。
「リヨンの母」に敬意を表し、各通路は「ブラジエ通り」「フィルー通り」と母たちの名が付いている。市場の一角には「リヨンの母」の写真展示も。主要国鉄駅パール・デュー駅から徒歩5分。
Les Halles de Lyon – Paul Bocuse : 102 Cours Lafayette 69003 LYON
Tél : 04.7862.3933火-土 7h-19h(レストランは20h30迄)、日・祝7h-13h(レストランは16h30迄)スタンドによって営業時間は変わるので注意。
www.halles-de-lyon-paulbocuse.com
ここにも「母」が。リシャールさんのチーズ店。
ポール・ボキューズ市場の一角に店を構える「La Mère Richard」。ポール・ボキューズがこの店のクリーミーな牛乳チーズ、サン・マルスランに惚れ込み、自身のレストランのメニューに加えたことで人気に火がついた名店だ。先代のルネ・リシャールさんは、チーズの魅力を伝える新しい「リヨンの母」と目されるように。2016年には市場前広場が「ルネ・リシャール広場Parvis Renée Richard」と命名された。現在は母と同じ名前の2代目の娘ルネさんが店を切り盛り。「いつ食べるの? 明日ならこれがいいわ」と、自らチーズを厳選し紙に包んでくれた。サン・マルスランは今も看板商品。飛ぶように売れてゆく。
La Mère Richard ポール・ボキューズ市場内 Tél : 04.7862.3078
火・木 7h-12h30、15h-19h、水7h-12h30、金・土7h-19h、日・祝7h-13h
リヨン名物、これもいかが?
Quenelle
川カマスを使ったリヨンの代表的料理。フワフワの食感はハンペンに似ている。ザリガニやオマールのエキスをふんだんに使ったソースにもシェフのこだわりが現れる。リヨンの市場でもクネルやソースを販売。
Tablier de sapeur
真っ先に食べたいリヨンの代表的かつ個性的なカツレツ風臓物料理。牛や豚の胃袋を白ワインでじっくりマリネし、パン粉をつけカリッと焼き上げる。臭みは感じずモリモリ食べられる。名前は工兵が使った革製のエプロンから。
Volaille de Bresse
鶏肉料理の登場率が高いリヨン。内臓系料理が苦手ならば名産ブレス鶏を使った鶏肉料理を選ぶのがよいだろう。「たかが鶏肉」と侮るなかれ。繊細な肉質と味わいに決定的な違いがある。おすすめは贅沢なモリーユ茸添え。
Praline rose
焙煎したナッツ類を加熱し砂糖をまぶしてカラメル化したプラリネ。リヨン名物は赤くて可愛らしい。そのままつまんで食べるほか、赤いプラリネを使ったタルトやブリオッシュがパン屋のショーウィンドウを華やかに彩る。
Graton/Gratton
豚の脂を油で揚げたおつまみで、他の地方でも食べられるが、リヨンではブションで食事が出されるのを待つ間などに出してもらえる。鴨の脂なら「フリトン」。弱火で3-4時間揚げてあるのでパリっとしている。
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