ポール・ヴァレリー(1871-1945)は南仏セート生まれの詩人。アカデミー・フランセーズ会員に選ばれ国葬もされた偉人だが、パンテオンに入らず亡骸は故郷に戻った。生前、彼が「海辺の墓地(Cimeti=シャルル墓地」という名だったが、ヴァレリー人気にあやかり、彼の死の半月後にちゃっかり墓地の正式名称とされた。ル・モンド紙は「最も詩的で、遠くから訪れる価値のある墓地」と紹介したが、異論は少ないだろう。
〈『P・ヴァレリー美術館のオリジナル扇子プレゼント応募』の詳細はページ下部に〉
「海辺の墓地」の詩は堀辰雄が訳した「風立ちぬ。いざ生きめやも」という文句が有名だし、近年は宮崎駿のアニメ『風立ちぬ』(2013)でもフランス語で引用された。日本人にもなじみ深いフランスの詩だ。ヴァレリーがこの詩を作ったのは1920年。それから約一世紀が過ぎたが、おそらく彼の時代とそれほど変わらぬ風景が今も広がっている。「絶えず繰り返す海よ、海よ」と詠まれた紺碧の地中海。空と海の狭間に並ぶ十字架は、高台から無心に両腕を伸ばす。南仏の日差しを浴びた白い墓石は眩しく、日本の「墓地」とはほど遠い印象だ。ここで無数の死者の間にいると、自分の生さえも妙に尊く思えて、「Il faut tenter de vivre 生きようとしなければならない」と前向きな気分だって湧いてくる。
ヴァレリーのお墓は思った以上にシンプル。墓石には「海辺の墓地」の二行が刻まれるが、ほとんど消えかかって見えない。墓の前にはベンチが置かれている。ここに座って「ヨーロッパ最高の知性」と呼ばれた詩人と心の対話をする人も多いのだろうか。ダミアン・マニヴェル監督の愛すべき映画『若き詩人』(2015)では、詩人志望の青年がこのベンチに腰掛け、自作の詩を読んでいた。
「海辺の墓地」の向かいにはヴァレリーの名を冠した美術館も立つ。年に数回企画展が催され、現在はフォービズム(野獣派)の画家アルベール・マルケ展が開催中だ。とはいえ今回の目的はヴァレリーの部屋。飾り気のない地味な展示室だが、落ち着いた雰囲気で貴重な資料をゆっくり鑑賞できる。「海辺の墓地」の初稿を始め手紙や写真など約300の資料を所蔵する。手紙は敬愛するマラルメや娘アガットへの手紙が目立つ。多忙で家を離れる時間が長かったヴァレリーは、晩年まで娘アガットに手紙を送り続けた。ヴァレリーも平凡な子煩悩パパのひとりだった。家族写真は詩人の知られざる柔らかな表情も見せる。芸術論で健筆をふるった彼は絵心もあり、デッサンやアクリル画も多数残されていた。展示室の窓からは彼が愛したセートの海が光って見えた。(瑞)
*
◎ Musée Paul Valéry
148 rue François Desnoyer 34200 Sète
企画展開催時の入館料9.90€/学生5.30€/10歳未満無料。企画展開催時期以外の入館料6.20€/学生3.70€/10歳未満無料。「MARQUET La Méditerranée, d’une rive à l’autre」展は11月3日まで開催。
4月〜10月は毎日9h-19h、 11月〜3月は月曜除く10h-18h。
http://museepaulvalery-sete.fr
【交通】
パリ・リヨン駅からセート駅まで直行列車で3時間48分。平日はセート駅から市街地までバス6番線が無料運行。市街地にある観光局近くからバス5番線(片道1.30€)に乗りMusée Paul Valéry下車。また美術館まで徒歩でもアクセス可能。市街地から約15分、国鉄セート駅からは45分以上。
◎ Cimetière marin
10月1日〜6月30日は8h-18h、 7月1日〜9月30日は8h-19h
*プレゼントのお知らせ*
ポール・ヴァレリー美術館のオリジナルグッズをプレゼント。南仏、海辺の町らしい木綿の扇子には、ヴァレリーが残した名フレーズがプリントされています。お名前、ご住所を明記のうえ、ご応募下さい。
Musée Paul Valéry
Adresse : 148 rue François Desnoyer, 34200 Sète , FranceURL : museepaulvalery-sete.fr