2011年のベルリン映画祭で銀熊賞を受賞した『ニーチェの馬』を最後に、「これ以上撮っても自己模倣になるから」と、映画制作からの引退を表明したタル・ベーラ。70年代末から先鋭的な作品を作り続けた孤高のハンガリー人監督だ。彼の代表作のひとつが、1994年に撮られた7時間18分の長尺の逸品『サタンタンゴ』。マーティン・スコセッシやガス・ヴァン・サントら本作に心酔する映画人は数多い。これまで映画祭や美術館などでの特別上映が主であったが、現在モノクロームが美しい4Kデジタル修復版がパリで公開中となっている。
舞台は社会主義体制末期、80年代末のハンガリー。秋の長雨で泥道が広がる片田舎。経済は停滞し、村人の心は疲弊している。人々は不倫し、酒を飲み、金の持ち逃げを画策しながら無為な日々を過ごす。ここに、死んだと思われていた男が突然帰郷する。彼は村の救世主なのだろうか。無数のカットが連なる慌ただしい映画に慣れると、本作の超然とした佇まいには面食らうだろう。カット数は全編で合計約150、ワンシーンの平均の長さは約3分弱。歩く人、踊る人、飲む人などを辛抱強く見つめる長回しが続く。しかし、だらしなく引き伸ばされた時間かと言えば、それは違う。淡々としつつも映像に強度があり、退屈さとはほど遠い。登場人物はある時代のある場所に、たまたま生かされた悲しきシステムの囚人であり、自分勝手で愚かで抜け目がない。つまり、人間以上でも以下でもない。それはあなたや私の一部であり、普遍的な人間の姿だ。四半世紀前のベーラの透徹な眼差しは、時代を超え人類の運命を見据えている。
たまには骨のある映画をじっくり味わいたい人にお勧めしたい。映画は12章立てだが劇場では3回に分けて上映。日にちを分けて鑑賞することも可能だが、なるべくなら1日をこの作品に捧げるつもりで、一挙上映の日を狙うと作品世界に浸れて理想的。マラソンを完走し映画館を出た暁には、外の風景はきっと違った色彩を帯びていることだろう。(瑞)