この町のランドマークは?と聞くと「les mamelles de Saint-Etienneサンテティエンヌの乳房」と返ってきた。町からすぐのクリエ炭鉱にある、双子のボタ山のことだ。クリエ炭鉱はロワール県最大の炭鉱で、1500人を雇い73年まで石炭を採掘を続けたが、今は人気のミュージアムとなっている。
19世紀前半、サンテティエンヌは大きく発展した。1827年にはフランス初(欧州大陸でも初)の鉄道がサンテティエンヌからロワール川沿いのアンドレジユまで敷かれ、石炭を運んだ。鉄工業、炭鉱、鉄道の近代的な整備のために人と資本が集まり、産業革命がおこる。銀行、商工会議所、絹取引所、エンジニア学校、美術学校が置かれるが、それまで県庁所在地だったモンブリゾンからもその座を奪ってしまうほどの発展ぶりだった。
ユネスコがフランスで唯一「クリエイティブなデザイン都市」と認定したこの町には、かつて武器工場だった広大な跡地を活用した「シテ・デュ・デザイン」がある。この春はデザイン・ビエンナーレが開催され、国立デザインギャラリーもオープン予定だ。世界でもおそらく最高峰のシルクリボンのコレクションのディスプレイが一新された産業芸術博物館もおすすめだ。サンテティエンヌは産業遺産とデザインの宝庫なのだ。(美)
サンテティエンヌ産業が牽引したデザインの都。
Musée d’Art et d’Industrie
世界最大のリボン・コレクションとサンテティエンヌ産業の粋を集めた博物館
1889年にオープンしたこの博物館は、産業の技術面だけでなはく、美しいものを見て労働者が審美眼を養い、サンテティエンヌの地で洗練された製品が創りだされるようにと創設された。当時はこの隣に美術学校があり、労働者や美学生が花を描くのを学んでいたという。猟銃であっても、優雅な花のモチーフが施された時代だった。
サンテティエンヌの産業といえば、自転車・武器が有名だ。だが、この町がフランスの、そして世界随一のリボン生産地であることは意外と知られていない。当博物館では、リボン・自転車・武器の3部門のコレクションを展示しているが、2023年にリニューアルされた一階の常設展示室では、リボンのコレクションが堪能できるようになった。
「ルネサンスの国王」フランソワ一世がリヨンを絹織物の都とし発展させた頃、サンテティエンヌでもリボンが織られるようになった。当初はリヨンが優位だったが、18世紀半ばにはサンテティエンヌが首位を奪う。
1808年にはサンテティエンヌにも絹取引所が造られたり、19世紀には半年ごとに新しいコレクションを顧客にプレゼンするなど、リボン文化は黄金期を迎えた。1870年には3万ほどの職人がいた。国内のリボンは、ほぼ100%この町で織られたもので、世界の五大陸に向けて輸出を続けた。職人たちはお金があれば織機を買って自ら工房を構え、フリーランスとして異なるリボン会社のために働くことが多かった。上階には採光のための大きな窓を持つ工房、下階に住まいを併設した建物が、今も博物館の裏の丘などに見られる。リボン会社は工房に糸と紋紙を渡し、織り上がったリボンを買った。これら小さな工房が1970年代から徐々に工場に集約されるようになり、90年代にほぼなくなった。 2023年時点で21社2700人がリボン産業に携わっている。
(p12では、リボン会社を訪ねます)
▶ Musée d’Art et d’Industrie :
2 place Louis Comte
42026 Saint-Etienne
Tél : 04.7749.7300
月休、10h-18h。1/1、5/1、7/14、8/15、11/1、12/25休館。
6.65€/5.10€ガイド付き見学 : 7.65€ / 25歳未満無料 トラム T1かT2でAnatole France下車。
Cité du design
デザインは町のソフトパワー。国立デザインギャラリーも近くに完成。
主幹産業のリボンのデザイナーや、猟銃でも美しく装飾する人材を養成するため、サンテティエンヌには1804年に授業料無料の市立美術学校が創設された。その歴史が示すように、この町はデザインとは切っても切れない関係にある。かつての国の武器工場跡に2009年、「シテ・デュ・デザイン(デザインセンター)」が置かれたのも必然のなりゆきだ。
14000㎡の広い敷地には、一般の人も見学できるデザイン展示場、サンテティエンヌ高等美術・デザイン学校(Esadse/前出1804年設立の美術学校を母体とする)とその視聴覚室、マテリアル資料室、研究所、子どもたちがデザインに親しめる 「デザイン小屋 Cabane du design」などが集まっている。そして、Esadseのディレクターによって1998年に始められたのが、2年に一回開催される国際デザイン・ビエンナーレだ。第13回目の今年は5月22日から7月6日。より広く、多くの人々にデザインについて知ってもらうためのイベントがシテ・デュ・デザインを中心に市庁舎、他のミュージアム、屋外でも開催される。
今日のデザインは〈機能的な美しさ〉だけでは済まされない。環境、社会への影響も考えなければいけないし、それは政治、経済的なシステムにも関わってくる。AIがヒトの知性をしのぐ時代のデザインのあり方など、グローバルに考えながらモノを作る、 そんなデザインの実験場なのだ。2010年11月、ユネスコが「デザインに創造的な都市」として、フランスで唯一登録された都市の取り組みだ。ビエンナーレ開催に向け、今は「クリエイティブ地区」大工事中。そこには国立デザイン・ギャラリー(Galerie nationale du design)も誕生し、ますます「シテ」はデザインの中心地として注目されそうだ。
▶ Cité du design – Esadse :
3 rue Javelin Pagnon 42000 Saint-Étienne
Tél : 04.7749.7470
展示は火〜日10h-12h30/13h30-18h.
月休、祭日により閉館。6€/4.50€/26歳未満無料(ガイド付き見学は+2€、75分間)。
トラム T1とT2で、Cité du design下車。
Musée d’art moderne et contemporain
近現代美術館もリニューアルオープン。
黒いタイル張りの大きな建物。なかに入ると、白く、天井の高いホールが広がる。奥に、外観とは対照的な白いタイルを使った現代作家ジャン=ピエール・レイノーの大型作品。このミュージアム開館にあたってレイノーがこの空間のために製作した「Espace Zéro」だ。
同館ができる前は産業芸術博物館が1970年代から、シモン・アンタイ、ピエール・スーラージュ、ベルナール・ヴネ、ゲルハルト・リヒターらフランス、ドイツで活動する作家たちの個展を開催しつつ作品を収集していた。それに加え、フランク・ステラほか米作家の作品購入を皮切りに、アメリカン・アートのコレクションも充実させてきた。産業芸術博物館がスペース不足となり、1987年にこの近現代美術館が創設された。高さ8メートルの広い壁で、現代作家の大型作品がのびのびと個性と表現を放つ。所蔵品総数は2万点、うち1500点がデザイン作品だ。公式サイトでコレクションを見られるページがあるので開いてみると、ペリアン、プルヴェらの家具からラリックのクリスタルの器ほか、サンテティエンヌの町の写真などもあった。
昨秋、1年半の改修工事を終えて再オープンしたばかり。再出発の展覧会は収蔵品のなかから大型作品ばかりを展示する「HorsFormat(規格外)」展、新しくコレクションに加わった作品を展示する「BRAND NEW!」など豊かな収蔵品が観られる。
武器工場がデザインセンターに。
サンテティエンヌでは古くから刃物や剣などが作られていて、17世紀には600軒の武具店があったという。17世紀から国の武器を製造し、1765年には王立武器製造所が設立された。フランス革命期はサンテティエンヌではなくArmeville と呼ばれたほど。
これが1885年にManufrance (マニュフランス)となり猟銃や自転車を製造。フランスで最初に通販を始めた会社としても有名だ。Hirondelle(イロンデル)の自転車のほかにも釣具、ミシン、楽器から日用品までカタログ販売。1985年に倒産。今はその建物がデザインセンターとして使われている。
サンテティエンヌ最大級の炭鉱跡へ。
Puits Couriot – Parc-Musée de la Mine
サンテティエンヌに来たなら、町の中心から歩いて行けるクリオ炭鉱見学ははずせない。石炭採掘が始まったのは1919年。1500人が働き、年間90万トンの石炭を生産していた。フランス北部の炭鉱地帯は戦争時は前線だったこともあり、戦線から遠いこの炭鉱は重要だった。閉山は1973年、その後ミュージアムとなって 1991年にオープン。それにあたって、かつてここで働いた人たちが参加して再現した地下坑道をトロッコに乗って見学に行けるのがこの炭鉱の見どころだ。サンテティエンヌ周辺では、深く掘らなくても石炭が採れたため13世紀から採掘されていた。サンテティエンヌには炭鉱で働くエンジニアを養成するグランゼコール「国立鉱業学校Ecole des Mines」が1816年、パリの次に開校しているように、石炭とは長く深い付き合いなのだ。そして、このクリエ炭鉱はは地下725メートル (!)まで掘っていた非常にディープな炭鉱だ。
ガイドさんについて大脱衣室へ。数百もの作業服が天井に吊るされているさまは、現代アートのインスタレーションのようだ。炭鉱夫のことを「gueule noir 黒い顔」というほど、作業後は真っ黒だったから、国は1910年、炭鉱会社にシャワー設置を義務付けた。無事に地上に戻れ、熱いシャワーを浴びるのはさぞかし爽快だっただろう。
この後の見学コースは炭鉱の日々の決まりごとをたどる。出勤したらランプ室でランプをもらう。各自ランプ番号があり、それの有無で誰が地下坑道で作業しているのかが分かるようになっていたのと、タイムカードのような役割もあったそうだ。
ヘルメットを被ったら鉄塔のエレベーターへ。乗り場は鉄塔のちょっと高いところにあり高所恐怖症者には辛い。エレベーターもギギー、ガタンガタンときしみ、振れまで再現され、どんどん体がこわばってゆく。地下に降り、トロッコ初乗車には浮かれるが、降りたとたん閉所にいる恐怖、崩れないだろうか、などの不安にかられる。ところが聞けばそこはたったの地下7メートル。実際の700メートルの100分の1であった。ビクビクすんじゃねぇ、馬鹿野郎、と、坑道のところどころに置かれた写真の炭鉱夫さんに呆れられている感じがした。石炭採掘のような重労働は自分には無理だと思っていたが、地下に降りるだけでこれとは…。炭鉱夫さんたちへのリスペクトの気持ちが、さらに膨らんだ。
フランスで初めて鉄道が敷かれたのは、サンテティエンヌからロワール川沿いのアンドレジユまで石炭を運搬するための鉄道だったが、このクリオ炭鉱の前にも線路と駅(gare du Clapier)がある。 今もローカル線が走っていて、駅のホームには通勤客らしい人たちを見かけた。駅舎は月に数回ライブハウスとして使われる。サンテティエンヌきっての産業遺産が今日も生かされていることが嬉しく、ブティックでは思い出の品をたくさん買ってしまった。(集)
▶ Puits Couriot – Parc-Musée de la Mine :
Parc Joseph Sanguedolce
3 bd Franchet d’Esperey 42000 Saint-Étienne
Tél : 04.7743.8323
火-日 10h-18h、月休、5/1、7/14、8/15など休館。
https://musee-mine.saint-etienne.fr/
バス(STAS)7番線でMusée de la Mine下車。
電車ならSaint-Étienne Le Clapier駅下車。町の中心にある市庁舎広場からは歩いて10分ほど。
坑道見学(ガイド付。約75分。サイトで24時間以上前に予約):8.7€。自由見学(坑道入場不可):6.65€ /いずれも25歳未満無料。
サンテティエンヌを!もっと楽しもう
◉ パリのリヨン駅から直通TGVで3時間弱〜5時間
半(乗り換えが2回などの場合)。
◉サンテティエンヌと近郊の公共交通博物館
サンテティエンヌのトラムウェイは1881年に開通。車社会になり多くの都市がトラムを放棄する中、この町はトラムの改良と近代化を図りつつ絶え間なく走らせ続けてきた。南北を縦断する線は単純明解で観光客でも使いやすい!
博物館はトラムで働いていたボランティアが案内してくれる。
Musée des Transports Urbains de Saint-Etienne et sa Région:
Av. Pierre-Mendès-France 42270 Saint-Priest-en-Jarez
水曜14h-17hのみ開館。 5€/3€
Tél : 07.7160.8239
www.musee-transports42.fr
トラムT1かT3 Hôpital Nord行Parc Champirol下車。
◉常設マルシェで買い物&食事!
好きなものを買ってテーブルに座って食べられる
マルシェ。朝から晩までやっているのが嬉しい。
イタリアンでピザや野菜の惣菜、カキ6個11€、
白ワインがグラス5€など。
Halles Mazerat :
2 cours Victor Hugo 42000 Saint Etienne
トラムT1、T3でBourse du Travailか、Saint-Louis下車。
月休、火水: 8h30-21h30、
木–土: 8h30-22h30、日: 9h-15h
◉La petite cantine :
常設マルシェの周辺には、やっぱりおいしいレストランが集まっているようだ。この「小さな食堂」も人気。エスカルゴ、カエルの腿、子牛、牛サーロイン、サラダなど。朝(カフェ)と昼のみ営業。
19 cours Victor Hugo 42000 – Saint-Étienne
(産業芸術博物館前)
前菜+主菜+デザートで19.50€
主菜のみ14.50€。ワイン4.50€。
月〜土 8h-15h、日休。