大西洋岸の町サン・ブレヴァン=レ・パン(ロワール・アトランティック県)の町長ヤニック・モレーズ氏は5月9日に辞表を提出したことを翌日明らかにした。町長は難民収容センターの移転問題で極右活動家から悪質な嫌がらせを受けていた。
同町には、カレーの難民キャンプから排除された人を収容するセンターが海岸近くに2016年からあった(現在59人収容)が、国の要請により、それを小学校の近くに移転する計画が進められている。この移転に反対する町民や、国民連合(RN)党員、ネオファシストなど極右活動家が昨年末ころから反対デモを行っていたが、3月22日、町長の自家用車2台と自宅の一部が火炎瓶により燃える事件が起きた。
犯人は不明。町長は脅迫的なビラを投げ込まれるなどの嫌がらせも再三受けており、6通の書簡で国の保護を求めたが、県庁(国の出先機関)や政府からの放火事件についての公式な非難声明もなく、警察による保護措置も取られなかったという。町長は国の支援を得られなかったとし、家族のために町長辞任を決めたと説明した。
ロワール・アトランティック県県知事は11日の記者会見で、デモを監視し、警察のパトロールを強化したと弁明。ボルヌ首相は市町村長を支援するために今後は国が早期に介入することを約束したが、同時に「過激主義には2つの陣営がある」と暗に極左運動も批判するコメントも。野党は共産党やエコロジー派が「共和国の後退」、「極右を根付かせる恥」などと強く批判した。10日には国民議会で社会党議員がモレーズ町長に捧げたオマージュにRN議員以外の大きな拍手が起きた。RNはエリック・ゼムール氏の極左党「再征服!」がデモに関与するようになってからは反対運動から手を引いており、ルペン党首も市町村長への嫌がらせや暴力は許せないと発言し「再征服!」との差別化をアピール。
ブルターニュ地方のカラック町では、町議会が地域活性化のために難民家族受け入れを準備していたが、「再征服!」党員が反対運動に乗り出して町議が何度も脅迫を受けたため1月に計画を取りやめた。
市町村長や助役など市町村議への暴力行為は、内務省によると2021年の1720件から22年は2265件と32%も増加。こうした市長村長への嫌がらせや暴力の増加は問題になっており、政府は議員への暴力を警察・消防隊員への暴力と同様に罰則を強化する法案を準備中だとしている。
こうした市町村長への極右グループの暴力が問題になるなか、6日、覆面をし、ネオファシストのシンボルであるケルト十字を掲げた極右のデモが禁止されずにパリで行われたことが物議をかもした。ダルマナン内相は批判を恐れて極右のデモや集会を禁じる通達を出したが、パリ行政裁判所は王党派団体の13日のセミナーと14日のデモ開催は言論の自由を侵すとして禁止措置を撤回し、人種差別的なヘイトスピーチを行う極右ナショナリスト政党のデモ禁止措置の撤回は却下した。
民主主義の国で市長村長を個人的に攻撃して辞任に追い込んだ事件はショッキングだ。暴力や脅迫によって議員に圧力をかけるのは民主主義の危機にほかならないという野党の批判に対して、歯切れの悪い政府の対応には不安を覚えざるを得ない。(し)