プチット・サンチュールの線路跡から追い出されたロマの人たち。

割掘を活用して造られた、長屋。日刊紙Le Parisien のサイトに掲載されたビデオから。

 パリ18区のポルト・ド・クリニャンクールとポルト・デ・ポワソニエの間のプチット・サンチュール跡の掘割に、大勢のロマの人たちが住んでいた。板とブロックやレンガで造ったバラック小屋がおよそ80棟、住民およそ350人の長屋集落。

11月28日の朝7時、裁判所の命令で100人あまりの警察官がやってきて、この人たちを排除してしまった。事前に200~250人の人たちは、救援組織の支援で、あるいは自主的に退去していて、このとき追い出されたのは113人、 うち55人が子どもたちだった。この人たちは3台のバスで、市内か近郊に用意された緊急宿泊施設やホテルに運ばれている。
 ここっではすでに2月にも強制排除が行われたし、6月には同じ18区の西側ネイ大通り脇の線路跡でも同じことがあった。イタチごっこです。

プチット・サンチュールの線路を整備して散歩道にするのはいいけれど、その陰でこういう人たちの居場所が消されていくわけです。ロマの人たちのことを ”Gens de voyage”(旅する人々)という。なるほど線路跡は”旅する人々”にこそ、ふさわしい場所だったのかもしれません。(稲)