MEPで5月26日まで三つの展覧会を開催中だ。展覧会の趣旨も視点も全く異なっており、意外な組み合わせだが、そのため、好みの違う人と一緒に行っても、各人がそれなりに楽しめるだろう。
戸外 ー アニー・エルノーと写真
Extérieurs — Annie Ernaux et la Photographie
ひとつはノーベル賞作家、アニー・エルノーが1993年に出版した『戸外の日記 Journal du dehors』からインスピレーションを得て、MEPでアーティスト・レジデンスをしていた英国人作家・展覧会キュレーターのルー・ストッパードが構成した展覧会だ。この本の執筆当時、エルノーはパリの北東郊外のセルジーに住んでおり、パリまでRER(高速地下鉄)で通う途中に目にした見知らぬ人々を日記の形で描写した。展示した写真はストッパード自身が撮ったものではなく、木村伊兵衛、マルティーヌ・フランクなど、29人の写真家の150点だ。エルノーの本を読んでいない人でも、都会の日常生活、孤独、さまざまな社会的階層、消費社会の儚さは世界共通であることが感じ取れるだろう。
リサ・フォンサグリーヴス=ペン、ファッション・アイコン
Lisa Fonssagrives-Penn — Icône de mode
もうひとつはスウェーデン出身のファッションモデル、リサ・フォンサグリーヴス=ペン(1911-92)が被写体の写真展。モデルがテーマの写真展は珍しい。スポーツ万能で、前衛ダンスと芸術を学んだ。パリでダンサーだったフェルナン・フォンサグリーヴスと知り合い、結婚。怪我のため写真家に転向した夫の被写体となり、ファッション写真のモデルとしてパリとニューヨークで活躍した。いわゆる「スーパーモデル」のハシリである。第二次世界大戦後、写真の仕事で、すでに有名な写真家だったアーヴィング・ペンと知り合い、2度目の結婚をした。会場にはリサの夫たちが撮った洗練された彼女の写真が並ぶ。ファッションに関心の高い人や、アーヴィング・ペンのファンには嬉しい展覧会だ。
プーヤ・アバシアン「うまくいかなかった」
Pooya Abbasian — Maltournée
アーヴィング・ペン、アニー・エルノーという大物に挟まれて、26歳で欧州に移住したイラン人の映像作家、ポーヤ・アバシアン(1985-)の個展が、新進アーティストを紹介する「ステュディオ」スペースで開かれている。
実を言うと、これが一番面白い。メインの作品は、パリのポルト・ド・ラ・ヴィレットから郊外のサンドニに続くサンドニ運河沿いでテント暮らしをしていた避難民たちが警察から立退を強いられ、一斉に去った後にその場所を訪れて撮影した短編映画「うまくいかなかった Maltournée」。運河に浮かぶ、避難民が残した書類や、周囲の住民が登場し、主人公たちの「不在性」を浮かび上がらせる。会場には現地で拾ったトイレの破片にその場所の写真を印刷して並べた作品も置かれている。
ヴィム・ヴェンダース財団が6人のイラン人映像作家を支援するプロジェクトの一つとして制作され、ヴェンダース自身が芸術コンサルタントを務めた。そこで思い出したのが、2023年カンヌ映画祭でヴェンダースが発表した「パーフェクト・デイズ」だ。田中泯が演じたホームレスの男性の役に関して、カンヌで上映後の記者会見で、「テーマとなった公衆トイレは東京オリンピックのためのクリーン・アップ・プロジェクトの一つであり、東京をクリーンにするためにホームレスの人々が追い出された。そのことへの小さな抵抗も込められているのか」と共同通信の記者が質問した。ヴェンダースは記者のその他の質問には答えたが、抵抗かどうかについては触れなかった。
トイレ、オリンピック、ホームレスという三つの点で、アバシアンの短編は「パーフェクト・デイズ」と重なる。彼が並べたトイレの破片は、最新技術を駆使したクリーンな渋谷区の公衆トイレの対極にある旧式のもので、不在の主人公たちの過去の日常につながっている。2023年秋に避難民たちが運河沿いから退去させられたのは、24年のパリ・オリンピックのためだったのか。会場の一つ、スタッド・ド・フランスが彼らがテントを貼っていた運河沿いのすぐ近くにあるからだ。しかし、ヴェンダース同様、アバシアンも政治性を突きつけることはせず、詩的な余韻を残す映画になっている。二つの映画の共通項を彼に指摘すると、制作時、「パーフェクト・デイズ」はまだ一般公開されておらず、見ていなかった、トイレの破片を作品に使ったことはヴェンダースは知らない、と語った。
アバシアンはセーヌ・サンドニ県を拠点として活動している。サン・ドニとオーベルヴィリエを撮った後、アーティスト・レジデンスで滞在中のロマンヴィルをテーマにした映画を作った。これは次回、ロマンヴィルのアート地区紹介の時に取り上げたいと思う。(羽)
MEP Maison européenne de la photographie
Adresse : 5/7 rue de Fourcy , 75004 Paris , FranceTEL : +33 (0)1 44 78 75 00
アクセス : Saint-Paul / Pont Marie
URL : https://www.mep-fr.org/
月休、火水と金曜は11h–20h、木曜は–22h。週末10h–20h。