Masion Gattiの籐椅子
ランチの後のエスプレッソ、夕方のビール…カフェのテラスはパリの風物詩だ。コロナ禍で休業していたカフェやレストランが再開するとテラスに人が押し寄せたように、テラスでのひとときはフランス人の日常になくてはならないものだ。そのテラスの演出に欠かせない籐椅子を作り続ける数少ないメーカーの一つ、メゾン・ガティをパリの南80kmにあるヴィルメールに訪ねた。
19世紀末期、アジアの植民地からもたらされた、軽くて丈夫で異国情緒のある籐製の家具は、温室内の椅子やテーブルとしてヨーロッパで人気を博した。1885年にパリで創業したメゾン・ドリュケールをはじめとして籐製家具製造が隆盛した。やがてパリのカフェ、ブラッスリーでテラス用の籐椅子が流行するなか、イタリア移民のジョゼフ・ガティが1920年にメゾン・ガティをパリで創業。70年代にはプラスチック製に押されて籐椅子の流行は廃れたが、再び90年代からその洗練された風合いと丈夫さが注目されるようになり、復活して現在に至る。
トウは主に東南アジアなどの熱帯地域に生育するヤシ科のつる性植物で、300~400種類あるといわれる。他の樹木にからみついて茎を伸ばし、5~8年で加工に適した太さに成長する。トウの繊維は植物中で最長かつ最強といわれ、家具や籠などの材料に最適だ。インドネシアから輸入された、まっすぐな約3〜4mの棒状のトウが倉庫に積み上げられていたが、その切り口を見ると確かに繊維が詰まっているのがわかる。椅子の枠用のトウは直径2~3cm、その枠を補強する部分用は1cm前後。これを蒸し窯に入れて柔らかくし、金属型に固定して成形する。数日乾燥させてから椅子の枠組みをネジや釘で固定しながら組み立て、背と座の部分は職人がひも状のリルサン(ひまし油由来のポリアミド)を柄のデザインに沿って手作業で編んでいく。伝統的には細いトウで編まれたのだが、60年代にはナイロンも導入。80年代初めにはより品質の高いリルサンを使うようになり、現在はほぼ100%リルサンだ。一つに椅子を作るのにかかる時間は平均6時間。丈夫なので3~4年は持ち、修理も可能だ。籐職人は3年、編み職人は5年の訓練が必要で社内で育てる。
製品の8割は椅子、スツール、長椅子(年間1万5千脚)で、残りは鑑賞用植物の鉢を置くプランターやテーブル。同社製品はパリのカフェ、ブラッスリーのテラス椅子市場の8割を占める。当然、顧客の95%はその業界で、80モデル、34種の柄と色から顧客が選ぶ注文生産だ。25%は北米、欧州を中心とした輸出用で、日本にも少量ながら輸出している。無形文化財企業(EPV)の造るパリのカフェの椅子というブランド力で輸出は今後さらに増えそうだ。
ところで、トウはつる性なので切っても自然に生えてきて、「むしろある程度切るほうが森のためにはいい」と、2019年に同社を買収したアレクシス・ディエーヴル社長は言う。それでも、トウをアジアから輸入するためのCO2排出分を埋め合わせるために、今年ブルターニュの森に250本の木を買って育ててもらっている。資源を大事にしながらも、柔らかい座り心地の籐椅子をいつまでもパリのカフェに提供してもらいたいと思った。(し)