田中千春さん(78)は3人兄弟姉妹の一人。高校時代に読んだモリエールの戯曲やマルタン・デュ・ガール著『チボー家の人々』に感動し、早稲田大学仏文科に入る。在学中から文学座附属演劇研究所に入り芝居に熱中したが、1968年に来仏。フランス人大学教授と知り合い、結婚、そして離婚。次に出会ったフランス人外交官とは結婚せず男児をもうけた。
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サルトルとボーヴォワールの影響もあって、婚姻制度に疑問を持っていたし、フランスでは婚内子も婚外子も同じ権利を享受しますからね。これは凄いことよね!
私と違い、ロマンチックで伝統派の息子はシャンボール城の庭にひざまづいて、彼女に求婚し、正式に結婚しました。彼女は日本が大好きなフランス人で、最近、江戸時代を舞台にした大河小説を書きました。この本が4月にガリマール社から出版されることになり、私も大喜びしています。この波乱万丈の物語を日本語に翻訳できたらいいな、とも思っています。
私は仏文学の翻訳を仕事にしてきたので、その経験を活かし、現代仏文学を朗読する会を自宅で開いています。私の人生は、日仏両方の言語の正しい使い方に捧げてきた半世紀なのです。
日本人会の「シャンソン教室」に力を入れているのも、歌と演技を楽しむだけでなく、美しいフランス語に接するためでもあります。もう20年以上も私たちと付き合ってくれているミュージカル作家/演出家/役者/ピアニストのディディエ先生のおかげで、この教室もどんどん発展してきました。昨年12月1日に開催したサンジェルマン・デ・プレでのコンサートには40代〜70代の仲間20余名が、先生のピアノとプロの日本人演奏家のフルートやサクソフォンを伴奏に、トレネやフェラ、ポルナレフ、アズナヴール、ベコーなどの名曲を歌いました。ところが、私はその1ヵ月前にリハーサル会場の階段を踏み外し、すねを骨折したのです。車椅子で舞台に現われた私に、観客は愛情いっぱいの声援を送ってくれました。30曲のソロやデュエットやコーラスが織りなす舞台に、満員の会場が熱気に包まれました。客席の半数以上を占めるフランス人と、彼らの言葉と歌を愛する日本人が心をひとつにした、感動のひとときでした。