全世界のフェミニズムに大きく影響を与えたシモーヌ・ド・ボーヴォワール (1908-86) の『第二の性』が1949年に発刊されたフランスで、中絶が合法化されたのはその25年後と遅い。この権利を勝ち取るまでには、数多くの女性による長い闘いがあった。
中絶に対するフランス社会の敵意は根が深く、カトリック教の影響だけでなく、近代ブルジョワ社会の基盤にある家父長制に由来する。19世紀初頭に制定されたナポレオン刑法典(1810年)で、中絶は犯罪と定められた。その後も中絶は減らずに非合法で続けられたため、1920年には中絶の宣伝・広告を禁じる法律ができた。ナチスに協力・加担したヴィシー政権は、伝統保守の家族観のもと中絶罪を重くし(1942年)、死刑になった女性もいた。
第二次大戦後、とりわけ1968年五月革命後の1970年代初頭に盛り上がったフェミニズム運動の争点はしたがって、女性による 「避妊・出産の選択の権利」獲得だった。1967年に合法化された避妊ピルの販売の自由と、健康保険による払い戻しは1974年に実現した。
中絶合法化への強力な一歩はMLF(女性解放運動)発足後の1971年4月、ヌーヴェル・オプセルヴァトゥール誌に掲載された「343人のマニフェスト」* によって踏み出された。ボーヴォワールが書いた声明に、スター女優や著名作家が名前を連ねた画期的なアピールは、爆弾的な反響を引き起こした。同年11月にMLFによる最初の大規模な女性デモが行われ、スローガン 「子どもは私が望むなら、望むときに」は以後、70年代フェミニズムの象徴となった。
翌1972年には、ジゼル・アリミが弁護した有名な 「ボビニー裁判」が行われた。裁判所前に大勢のフェミニストが集まった訴訟はメディアで大きく取り上げられ、アリミは少女の無罪を獲得した。行動的で大規模なフェミニスト運動が世論を動かして、ヴェイユ法が勝ち取られたのである。
非合法時代から女性の避妊と中絶を援助してきた女性団体プラニング・ファミリアルは、合法化以降は全国72の団体・拠点を通して活動を続けている。1982年に中絶の健康保険による払い戻しが実現し、2001年以降は中絶できる期間が延長された(2022年からは14週間=最後の月経から16週目まで)。しかし近年、公共医療予算の削減と儲け・効率を優先するネオリベラル政策のせいで、産科と同様、中絶センターの閉鎖が相次いでいる(15年間で135のセンター閉鎖)。地域差も大きく、4人に1人が別の県への移動を強いられる。
一方、反中絶の動きが世界各地で高まっている。EUでは、中絶の先進国だったポーランドで2020年以降、レイプによる妊娠と母体の危険の場合以外は中絶が禁止され、ハンガリーのオルバン政権も中絶を制限した。さらに、2022年のアメリカ最高裁による中絶の権利破棄は衝撃をもたらした。フェミニストたちは 「女性の性の権利の後退はいつでも起こりうるから憲法で保障する必要がある」と危機感を抱き、同年秋に「服従しないフランス」や緑の党など野党は国会で中絶と避妊の権利を憲法に記す法案を提案し、採択された。それを受けて政府は今年、憲法改正に必要な法案を提出し両院の合同採択を行った。
しかし、保守的な議員を取り込むために「権利」ではなく「自由」と表現を変え、医師が拒否する権利は保たれた。多くの女性団体とフェミニストは勝利を喜ぶと同時に、「口先だけでなく、国は女性団体への援助や性暴力対策にもっと大幅に予算を増やして真剣に取り組むべき」と指摘する。EUの基本権憲章に中絶の自由を記載するというマクロン大統領の提言も、いつものリップサービスに終わる可能性は大きい。ジェンダー平等にまだほど遠い現実の中で、#MeToo運動以降、若い世代の女性たちがダイナミックに展開している女性の権利のための闘いは続く。(飛)
▶️ ヴェイユ法と「343人のマニフェスト」
Loi Veil et la “Manifeste des 343”
1974年末、シモーヌ・ヴェイユ保健大臣(1927-2017)のもとに中絶の合法化が採択され、1975年1月に発布された。70年代、MLFなどによる女性解放運動の高揚が社会通念を変えたのだ。「私も中絶した、避妊と中絶の自由を求める」と宣言した「343人のマニフェスト」に署名した女優ジャンヌ・モロー、カトリーヌ・ドヌーヴ、デルフィーヌ・セリーグ、映画監督アニエス・ヴァルダ、演出家アリアーヌ・ムヌーシュキン、作家のマルグリット・デュラス、フランソワーズ・サガンたちは、「343人のあばずれ女salopes」と中傷された。ヴェイユ大臣は国会の討議中、与党(保守)の男性議員らからひどい罵言を浴びせられ、左翼議員の票のおかげで法を可決できた。
▶️ ボビニー裁判
Procès de Bobigny
1972年、レイプによる妊娠を中絶した16歳の高校生と彼女の母親らを、国が訴えた裁判。弁護士のジゼル・アリミ(1927-2020)は、裕福な女性は国外の病院で安全に中絶できるが、庶民階層の女性は感染や事故の危険が高い手段に頼るしかない上、犯罪人にされる社会の偽善を告発した。ボーヴォワール 、デルフィーヌ・セリーグ、ノーベル賞受賞の科学者、カトリック信者の医師などが法廷で発言した。ジゼル・アリミは1978年、それまで軽犯罪だったレイプを重罪裁判所に訴え、男社会から強烈な攻撃を受けながらも被告の有罪を獲得した。この「レイプ裁判」は世論を動かし、1980年のレイプ重罪化の法改正を導いた。(下にビデオ)
▶️ プラニング・ファミリアル(家族計画運動)
Planning Familiale
1960年代から避妊と中絶を援助する活動を行い、合法化後は性教育や性暴力撲滅にも力を入れている。避妊と中絶(経口薬の使用含む)、セクシュアリティ関係の健康相談のほか、拠点で妊娠検査薬やアフターピルも入手できる。パリでは3ヵ所で月〜金に相談受付。
Le Planning Familial Paris
www.planning-familial.org/fr/le-planning-familial-de-paris-75
● Centre Vivienne : 10 rue Vivienne 2e tel 01.4260.9320
● Centre Hittorf : 2 rue Hittorf 10e tel 01.4245.6735
● Centre Massena : 9 villa d’Este 13e tel 01.4584.2825