ランスにフジタの作品寄贈
更に豊かな「フジタ学」拠点に。

アルノー・ロビネ=ランス市長と作品寄贈記念プレート前で握手する堀内雄也さん。

 6月2日、画家・藤田嗣治(藤田嗣治、レオナール・フジタ)の作品が、ランス美術館に多数寄贈されたことを記念するプレートが披露された。寄贈したのは、フジタの最後の妻・君代夫人の甥・堀内雄也さんを含む12人の相続人。今年、ランスの大聖堂すぐ近くにオープンした新しい文化情報センター「Le Trésor」の藤田展示コーナーで、アルノー・ロビネ=ランス市長と、このために来仏した堀内氏一行により、プレートの除幕が行われた。

フジタの最後の妻・君代夫人が2009年に亡くなった後、夫人の遺言に従って『マドンナ』(1963)、『奇跡の聖母』(1964)、『授乳の聖母』(1964)の油彩3作品がランス美術館に寄贈された。その後、君代夫人の相続人が、2013年と14年、2回にわたって絵画15点を含む、ステンドグラス、ガラス工芸品、陶器、テンペラ画など802作品、ほか所持品、書簡など1556点などを寄贈したことを記念するのが、今回披露されたプレートだ。フジタがランスに建立し、壁画を描いた礼拝堂壁画の習作などもある。

ランス美術館学芸員、モントゥ=リシャールさん。現在、未公開作品を含む多数のフジタ寄贈作品を3社の修復工房と進めている。フジタ展示室も拡張する。

ランスとフジタの深い関係は、1956年にフジタの作品に感銘を受けたシャンパンMumm(マム)社のルネ・ラルー社長が、同社ジョルジュ・プラッドにフジタを紹介したことに始まる。59年に、プラッドはフジタを連れてランスのサン・ルミ聖堂に行き、フジタはこの聖堂内、聖ルミの墓前で神の啓示を受ける。そして同年、ランスのノートル・ダム大聖堂(あの、歴代のフランス国王が戴冠式を行った大聖堂)ランスで君代夫人とふたり洗礼を受け、レオナール・フジタとなった。

その数年後、ラルー社長と礼拝堂の建立を決めたフジタは、みずから礼拝堂の設計をし、模型を作り、ステンドグラスの配置や庭の彫刻や石の配置にいたるまでを計画。壁画を3カ月ほどで描いた後、入退院を繰り返し68年に没した。フジタ夫妻の亡骸はこのノートル・ダム・ド・ラ・ペ礼拝堂に眠る。

今回の寄贈記念プレート除幕式で、君代夫人の甥にあたる堀内雄也さんは、「1966年の暮れに、叔母(君代夫人)が航空券を送ってくれ、藤田画伯が入院しているチューリッヒの病院に先生を見舞いました。叔母は、偉大な先生に会わせてあげるから弟も連れて一緒に来なさいと私に言ったので、初めての海外旅行でしたが、なんとか病院へたどり着きました」とフジタの思い出をランス市の美術館など文化事業関係者に語った。

新いランス市の文化情報センター「Le Trésor」にて、フジタ紹介の装置を見る、堀内さん。

「病室に入ると(藤田)先生がベッドの上に立ち上がり『久しぶりだなぁ』と歌舞伎の名ゼリフで見得を切ったのには、びっくりしました。話している時でも時々、痛みに顔をしかめる場面もありました。病院では、先生が描いたと思われる花や子どもなどの絵が描かれた、飲み薬の瓶が何本も置いてあるのを見ました。叔母は『看護婦たちが描いてもらおうと思って、持ってきたのよ』と言っておりました。その頃は、先生もまだ元気だったので、快く描いてあげていたらしいです。私たちは数日後に病院を後にしました。それが先生と会った、最初で最後の出会いでした」。

 2018年は、〈ジャポニスム・2018〉と称され、日仏友好160周年を記念する様々な日本関連のイベントが開催される年。ランスでも今秋から、カーネギー市立図書館でフジタが挿絵を制作した稀覯(きこう)本に関する展覧会などが予定されている。
 いっぽうフジタ作品を多数寄贈されたランス美術館は、現在50平米ほどのフジタ展示室を、240平米に拡大する。しかしこれだけ広くしても、世界最多のコレクションは、定期的にローテーションさせても数十年かかるそうだ。

 文化財を生かす関係者たちの熱意によって、ランス市はフジタを知るための拠点として、ますます豊かになっていく。(六)

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Musée des Beaux-Arts de Reims

Adresse : 8 rue de Chanzy , Reims , France
TEL : 03.2635.3600
火休 10h-12h / 14h-18h 毎月第一日曜日は入館料無料。