レトロな音楽にのって駆ける木馬にまたがる子どもたちの高揚した笑顔。フランスでは、回転木馬 (carrousel)は広場や公園に常設またはクリスマスシーズンに設置されたり、移動式遊園地にあったりして、フランス人なら子どもの頃に一度は乗ったことがあるだろう。パリ市庁舎前に毎年12月に設置される回転木馬は冬のパリの風物詩だ。その回転木馬の国内唯一のメーカー、無形文化財企業(EPV)の「Concept 1900」を北部エーヌ県サン・ゴバンに訪ねた。
サン・ゴバンはルイ14世時代に王立ガラス・鏡製作所が創設された地だが、後にその地名は建材用や高機能ガラスの有名メーカー名になった。1995年まで操業していたサン・ゴバン社の工場を96年に買い取ったのが、コンセプト1900社。フィリップ・ルグラン氏が同地方で82年に装飾用木馬を制作し始めたのが、ちょうど回転木馬のリバイバル時期と重なった。需要があると見たルグラン氏は11,000m2の工場を買い取って社員5人で回転木馬の製造に乗り出した (現在は社員47人)。
回転木馬の歴史は中世にさかのぼるらしい。東ローマ帝国内にあった、本物の馬が杭の周りを回る見世物が17世紀初めにフランスに渡り、仏革命後、馬は木馬に変わる。1860年頃には動力に蒸気機関が採用され、欧州各地やアメリカに広まった。2つの世界大戦時代は忘れられていたが、1980年代に人気が再燃したという。
サン・ゴバン社時代の石造りの門をくぐると複数の建物がある。アトリエは、木馬を動かす機械部分、乗り物部分の成形、塗装・彩色、電気系統、木工、組立など9つに分かれる。原材料以外は100%自社製だ。メカ部分は金属材の加工から始めて回転・上下運動をする構造を作る。木馬はポリエステルファイバーを樹脂型に吹き付けてからよく押さえ丈夫で軽い半身を作り、それを2つ合わせて馬の形にする。彩色は一気にスプレー塗装するもの以外はすべて手描きで、とくに屋根部分の装飾パネルは画家が筆で精密な絵を描く。それが仏製回転木馬の大きな魅力でもある。さらに、電飾やケーブルなどの電気系統を加え、まずアトリエで組み立てて動かしてみる。OKなら現場に出向いて組立・設置だ。1年間の保証期間があり、外国でも出向いて不具合を直す。
回転木馬というものの、馬だけでなく象やライオン、ゴンドラ、飛行機、車など乗り物は多種多様で、まるで本物のように細部も精巧な作りだ。木馬を中心にしたアール・ヌーヴォー様式の伝統的なタイプのほか、メタリックな飛行機、潜水艦、気球などを搭載したヒット作 「ジュール・ヴェルヌ」など様々なモデルがある。すべて注文生産で年間20台ほど製造する。欧州中心に7~8割が輸出で、90年代半ばには日本にも納品した。今後は中国、シンガポールなど 「アジア市場がもっと広がりそう」とルグラン社長。子どもと大人に夢見る瞬間を与えてくれる回転木馬、貴重なノウハウを守りつつ長く造り続けてほしい。(し)