ルソーの静かな食卓

「静」の文字がよく似合う、ジャン=ジャック・ルソーの食風景のお話。

ルソーの静かな食卓 〈10〉

18世紀の哲学者ルソーは、独特の教育書『エミール』(1762年)で、子どもを「肉食動物」にしないことが大切だと説いている。興味深いのは、それが栄養学とは違う視点で論じられていること。 「それはかれらの健康のためにではないにしても、かれらの性格のためにだ。経験をどんなふうに説明してみても、一般に肉をたくさん...

ルソーの静かな食卓 〈9〉

18世紀フランスの上流社会では、乳母に授乳や子育てを任せきりの母親がほとんどだった。そして、労働に追われる乳母たちは、子守りの手間をはぶくために幼子をしっかりと産着でつつんでしまった。 哲学者ルソーは、そんな習わしにメスを入れる。母親は自ら子どもに母乳を与えるべきだし、乳児の体の動きをさまたげるようなこと...

ルソーの静かな食卓 〈8〉

哲学者ルソーの代表作とされる『エミール』(1762年)は、他に類をみない不思議な書物だ。それはエミールという男児が成人するまでの過程をなぞる物語ではあるけれど、小説というカテゴリーを明らかにはみ出ている。作者独自の哲学や宗教観、また、社会や教育についての意見がたっぷりと盛り込まれていて、まるで専門書が何冊も詰め込まれた...

ルソーの静かな食卓 〈7〉

楽園のようだったサヴォワの田舎での暮らしは、ルソー最愛のヴァラン夫人が新しい恋人を見つけたこともあって終わりを告げる。その後のルソーは、パリでディドロをはじめとする文学者と交流するようになったり、論文が認められたりと、30代後半には社交界でも知られる存在になっていった。ところが、その心は、いつもむなしく自然を追いか...

ルソーの静かな食卓 〈6〉

 母親を知らずに育ったルソーだったけれど、その人生は多様な女性たちにいろどられている。何人か挙げられる重要な女性の中でも、孤児同然だったルソーの人生をすっかり変えてしまったのがヴァラン夫人だった。 出会ってから程なく「ママン」「坊や」と呼びあうようになったふたりの関係は約10年間続き、その間に、少年だったルソーは...

ルソーの静かな食卓 〈5〉

カトリック教徒になったルソーは、1730年の夏、散策に出かけたサヴォワの村ラ・ヴァレ・ド・トーヌで、知り合いの女性ふたりと忘れられない一日を過ごした。自叙伝『告白』(1770年)に、その甘酸っぱいような日のことが長々と綴られている。 「わたしたちは農家の台所で食事をした。(中略)なんという食事!なんという...

ルソーの静かな食卓 〈4〉

 経済的な理由からカトリックへの改宗を決めたルソーが牧師から紹介されたのが、6歳年上のヴァラン夫人だった。世話係としてルソーの目の前に現れた、美しい目をした優美な女性。まるで女神のような彼女に言われるまま、1728年春、16歳に満たないルソーはサヴォワの首都トリノに向かった。そして、洗礼を受けた後もしばらくその地にと...

ルソーの静かな食卓 〈3〉

 近代の思想家たちに影響を与える作品を残したルソーは、アカデミックな環境とは程遠い環境で育っている。まともに学校に行くこともないまま、13歳の若さで職人の世界に弟子入り。師弟愛などかけらもなく、教育を与えるどころか、弟子に暴力をふるうような親方から逃れるためにルソーが考えたのは、カトリックへの改宗だった。 向かったの...

ルソーの静かな食卓 〈2〉

 18世紀に活躍した哲学者ルソーは、自らがもっとも重要な著書としていた『エミール』(1762年)で、「節制と労働、この二つこそ人間にとっての本当の医者だ。労働は食欲を増し、節制はそれが過度になるのをふせぐ」(今野一雄訳)と書いた。飽食にまみれた現代人には耳が痛いこんな一節を書いたルソーは、一方で、人生で味わうことの出...

ルソーの静かな食卓 〈1〉

 ジャン=ジャック・ルソー(1712〜1778年)は、18世紀のフランスを舞台に活躍した異端の思想家だ。ヨーロッパ中でベストセラーになった恋愛小説『新エロイーズ』(1761年)、自由な社会について論じた『社会契約論』(1762年)、独自の教育論が注目を集めた 『エミール』(1762年)といった大作は、当時の社会に衝撃...
 

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