オービュッソン、宮崎駿を織る。

 フランス中部のクルーズ県で「オービュッソン、宮崎駿の空想世界を織る」プロジェクトが始まった。日本の宮崎駿監督のアニメーション映画4作品からそれぞれ名場面を選び、それらを大きなタピスリー作品に織り上げる計画で、オービュッソン国際タピスリーセンターとスタジオ・ジブリが正式に結んだ協定のもと進められる。

1平方メートルを織るのに200時間から800時間かかるといわれるタピスリーの紡織は緻密だが、このプロジェクトはスケールの大きなものばかり。織り上がりと同じサイズの下絵作りや、多くの色に糸を染めるなど織る前の作業も相当なものだが、2023年末までに5作品の完成が予定されている。第1作目は『もののけ姫』だ。

オービュッソンはフランス中部にある人口約3300人の町。清流クルーズ川の流域で、600年間にわたってタピスリーが織られてきた。17世紀には国内の産業育成政策を掲げるルイ14世のもと町の工房は「王立製作所」として庇護を受け、2009年には「オービュッソンのタピスリー」がユネスコの世界無形遺産に登録されている。

日本とフランス、ふたつの芸術の最高峰が出会うプロジェクトが始動したオービュッソンの町に行ってみた。(六)



L’imaginaire de Hayao Miyazaki en tapisserie d’Aubusson

〜オービュッソン、宮崎駿の空想世界をタピスリーに織る〜

『千と千尋の神隠し』 © 2001 Studio Ghibli・NDDTM
『千と千尋の神隠し』 © 2001 Studio Ghibli・NDDTM

 タピスリーには特別な力がある。大きな作品の前に立ってみると、そこから放たれる力に圧倒され、描かれた世界のなかに引き込まれるような感覚に捉われる。宮崎駿監督のアニメ作品をタピスリーで織るプロジェクトを手がけるオービュッソン国際タピスリーセンターには、昨秋 「エスパス・ミヤザキ」が設置された。大スクリーンに完成予定図を映写しプロジェクトの概要を紹介している。

『もののけ姫』5m×4.60m、『千と千尋の神隠し』3m×7.50m、『ハウルの動く城』5m×5mと、3m×5.6m(2作品)、『風の谷のナウシカ』2m×10m。予定図だというのに見る者を壮大な世界に包み込む。映画ではカメラがパーンして一画面に入りきらない広い情景を映し出すが、タピスリーでそれ全体を一枚に描くのだ。

タピスリーの伝統的な形式のひとつに、神話や聖書などの一話を連作で描く「壁掛けタピスリーtenture」がある。かつて宮殿や城館の壁を飾ったタピスリー作品は、石の壁を覆い室内を保温し、隙間風を防ぐなど実用的な面も持ちながら、社会的地位を象徴する調度品として称賛された。ここオービュッソンでも15世紀から 「壁掛け」が多く作られたため、本プロジェクトではその形式を踏襲し、5作品の連作にしたという。

絵作家のデルフィーヌ・マンジュレさん。
下絵作家のデルフィーヌ・マンジュレさん。完成した5m×4.6mの『もののけ姫』下絵の前で。
©︎Cité internationale de la tapisserie d’Aubusson

 タピスリー作りは下絵が重要だ。織り上がりの実寸大で下絵を描き彩色し、糸の素材、色、太さなど細かい指示を織り手のために記入する。各糸がどのような質感を出すのか技術面を熟知した画家の存在が大切になってくる。贅沢感、写実感、装飾性など、作品によって方向性が違えば使う糸も違う。また色は隣の色によって違って見えたりもするから熟練の目が頼りだ。「バラの絵を単に拡大した下絵で織ればキャベツになってしまう」と言われるほど、拡大しながらの下絵づくりは難しいという。また、細い糸を使えば細かい描写も可能だが時間がかかる。少しでも作品のサイズを大きくすると余計に時間がかかる。宮崎作品の世界を表現するのにふさわしいサイズ、かつ期限内での実現可能性を考えながら下絵画家を中心に技術チームが計画を練った。

第1作目は『もののけ姫』から、森のなかの場面(下の写真)。大木の幹の表面は太目の毛糸で粗い感じを、岩肌は麻糸を用いツルッとした鉱物的な質感を表現する。下絵が出来たら染色家が糸を染める。赤、青、黄色の染料を、経験で培った目分量で混ぜながら指示通りの色を作りだす。来年の初め頃には第1作目を織り上げ、作品を織機から切り離す「tomber du métier」 のセレモニーが行われる予定だ。



「宮崎監督の永遠の名作を、タピスリー作品に。」

オービュッソン国際タピスリーセンター館長 エマニュエル・ジェラールさん

©︎SophieZENON-FBS_Aubusson
©︎SophieZENON-FBS_Aubusson

 「宮崎監督の作品は時が経っても輝きを失うことのない名作だから作品にしたかった」と語るのは「オービュッソン、Miyazakiの空想世界を織る」プロジェクトを仕掛けたオービュッソン国際タピスリーセンターのエマニュエル・ジェラール館長。フランスでも絶大な人気の宮崎駿監督とはいえ、アニメーションという異質なものをタピスリーに持ち込むことに反対の声はなかったのだろうか。「ありませんでした。宮崎監督の映画はフランスでも世代を超えて愛され、人々が親しみを持っているからだと思います」。

オービュッソンには600年の歴史を持つタピスリーという文化遺産があるが、そこにあぐらをかいていては人はやって来ない。現代社会と向き合い、時代ごとの感性を取り入れたもの作りが必要だ。センターでは「10年のコンテンポラリー作品」展を開催したり、現代の住まいに適した1.84m×1.84mのサイズの作品を現代アーティストに依頼するシリーズや、トールキン連作(次の記事参照)など、秀逸のコンテンポラリー作品のコレクションを構成。「ホコリをかぶった古くさいタピスリーのイメージ」を一掃し、さまざまな表現ができる媒体であることを広く認知させた。「タピスリー専門ギャラリーだけでなく、現代アートのギャラリーが扱うようにしたい」。

 ここタピスリーの都でも職人が減り、工房の閉鎖が続いた時代があった。センターは後継者を育成し、オービュッソンの名を世界に発信するなどの使命を負ってオープンしたが、地元からはセンターの活動による経済効果への期待も大きい。「タピスリーの 〈時〉は長いのです。今の〈すぐ、速く〉という感覚とは違います。少しずつ築く世界なのです」。町にはセンターで養成を受けた人たちが工房を開き、コロナ禍前は、来館者が年に3万8千人を数えるまでになった。年5万人を来館させるのが目標だ。



タピスリー文化の継承と創作の場。

Cité internationale de la tapisserie d’Aubusson

夜は一と美しいタピスリーセンターの建物。
夜は一段と美しいタピスリーセンターの建物。

 オービュッソン国際タピスリーセンターは、ユネスコの無形文化遺産登録を受け、2016年7月に誕生した新しい施設だ。センター自体は公的機関だが、実際にMiyazaki作品を織るのは地元クルーズ県の民間の工房。センターが参加希望者を公募し、試作品で審査するシステムで、参加する場合は、センターの大織機やスペースを使うことができる。タピスリーといえばパリ市内のゴブランが有名だが、1662年に王立製作所として創設されるとそこに織匠が集められたのに対し、オービュッソンは「王立」時代から工房はそれぞれ独立していた。今でもゴブランでは職人は国のお抱えだが、オービュッソンではやはり独立していて、「進取の精神に富む」とジェラール館長。王立時代は作品に 「オービュッソン王立製作所」と文字を入れ、王室の青の縁取りを施した。各工房は入口に 「王立タピスリー製作所」と掲げたという。

センターには職人の養成所、資料室、ミュージアム、モビリエ・ナショナル*のタピスリー修復工房などがあるが、一般に広くタピスリー文化を発信しつつ、タピスリーという地場産業に関連する企業を発展させる使命も担う。そんな多様な活動の柱が、コンテンポラリー作品の創作企画だ。宮崎プロジェクトの前にも、『指輪物語』などで世界的に有名な作家J.R.Rトールキン自身が描いたイラスト作品シリーズに着手し、今もなお進行中だ。すでに完成した作品はパリの国立図書館で展示された後、再びセンターで見ることができる。

「千花模様の一角獣」
「千花模様の一角獣」

 展示室では当館最古のオービュッソン製タピスリー「千花模様の一角獣」(1480-1510)から今日のものまで、この地に花開いたタピスリー文化600年の歴史を一望できる。フランス近代タピスリーを代表するジャン・リュルサ(1892-1966)の大作はもちろん、彼の影響でタピスリーを創作したピカソ、ブラック、ル・コルビュジエ、ドロネーらの作品も揃う。リュルサが求心力となりオービュッソンがタピスリー創作の中心地になったように、オービュッソンはこのセンターを拠点に再び作り手が集まる場所になっている。

センターではタピスリー文化をオービュッソンで継承する職人を育成。課程を終了するとBMA(芸術職業免状)が与えられる。地元ではここで学んだ生徒が工房を開いている。

*モビリエ・ナショナル(フランス国有家具保管局):国有の家具調度品の製作と管理を行う機関。ゴブラン製作所もその一部。ゴブランで製作されたものなど15世紀から21世紀までのフランスのタピスリー4千点を所有・管理。

● パリからオービュッソンへの交通。
オーステルリッツ駅からBrive方面行き列車に乗り、La Souterraine駅下車。同駅前から長距離バスでAubussonまで1時間半ほど。片道約4時間半。パリからの日帰りは不可能ではないが、町の観光、タピスリーセンターの作品をじっくり楽しむなら一泊したほうがいい。

◎ Cité Internationale de la tapisserie d’Aubusson
Rue des Arts 23200 – Aubusson
Tél : 05.5566.6666
www.cite-tapisserie.fr
※再オープン時も時間帯など要確認。
8€/5.5€/18歳未満無料。
9月〜6月: 9h30-12h/14h-18h 火休。
7-8月はサイトで確認。



タピスリーを作り、 タピスリーに築かれた町。

Aubusson
オービュッソンの町を流れるクルーズ川。この川で羊毛の洗浄などが行われてきた。

 人口約3300人のうち、200人ほどがタピスリー製作に携わるというオービュッソンの町。よそとは違って、町のなかでタピスリーを扱うギャラリーをよく見かける。国際タピスリーセンターの活動が本格化してからは、カフェ、ホテル、ワインショップ、民宿などがオープンするようになった。例年4軒ほどしか売れなかった住宅物件が2020年の夏は、40軒ほど売れたという。コロナ禍で地方移住を希望する人がフランス全体で増える傾向にはあるとはいえ、タピスリーセンターがオープンした効果もあるだろう。

オービュッソンで一番見晴らしがいいという時計塔の丘に登ると、大規模なタピスリー製作会社の建物も見えるし、旧市街にある小さな工房も見える。それぞれ作業のために自然光が入るよう天窓や大きな窓があしらわれている。クルーズ川のせせらぎが響く、心安らぐこんな町でタピスリーを織れるなんて、職人さんはさぞ幸せだろうと想像する。

Aubusson
時計塔のある丘からオービュッソンの町を眺める。


 オービュッソンでのタピスリー製造の始まりは諸説ある。732年ポワティエでフランク王国勢に敗れたイスラム帝国ウマイヤ朝の兵士たちがタピスリー職人とともに逃げてきて技術をもたらしたとする説や、初代ブルボン公が14世紀にタピスリー製造の独占権を認めフランドルからのタピスリー職人の移住を奨励したなどの説もある。1665年にオービュッソンと隣町フェルタンの町のタピスリー工房を「王立タピスリー製作所」とする王令が下されると、欧州で威光を放つようになった。現在は、クルーズ県で作られるタピスリーのみが、「オービュッソンのタピスリー」を名乗ることができる。


● パリからオービュッソンへの交通。
オーステルリッツ駅からBrive方面行き列車に乗り、La Souterraine駅下車。同駅前から長距離バスでAubussonまで1時間半ほど。片道約4時間半。パリからの日帰りは不可能ではないが、町の観光、タピスリーセンターの作品をじっくり楽しむなら一泊したほうがいい。電車時刻表 

◎ Cité Internationale de la tapisserie d’Aubusson
Rue des Arts 23200 – Aubusson
Tél : 05.5566.6666
www.cite-tapisserie.fr
※再オープン時も時間帯など要確認。
8€/5.5€/18歳未満無料。
9月〜6月: 9h30-12h/14h-18h 火休。
7-8月はサイトで確認。

◎ Office de tourisme d’Aubusson – Felletin
63 rue Vieille 23200 Aubusson
Tél : 05.5566.3212 www.tourisme-creuse.com/aubusson-felletin

◎ La Noisettine
クルーズ・タルト、ジャン・リュルサのリキュールなど、クルーズ県ならではの土産も買える町のパン屋さん。
11 rue des Déportés 23200 Aubusson

◎ Hôtel la Beauze
タピスリーセンターから徒歩3分、清潔で気持ちのいいホテル。陽気なオランダ人夫婦の経営で、天気がよければテラスで朝食も可能。ダブルで80€前後。
14 avenue de la République 23200 Aubusson
www.hotellabeauze.fr
tel : 05.5566.4600
info@hotellabeauze.fr


 

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