『私たちの豊かさ(仮題) 』
Nos richesses
カウテール・アディミ著 / Editions du Seuil刊
エドモン・シャルロと彼の本屋。
アルベール・カミュは読んだことがあっても、まだ無名であった初期の彼の作品を世に出したのは誰か、答えられる人はそう多くないのではなかろうか。その人物、エドモン・シャルロは、1930年代のアルジェに小さな本屋「本当の豊かさ」(ジャン・ジオノの同名小説に由来)を設立し、出版業にも尽力した、文学史の陰の立役者である。
彼の目標は、商売だけでなく、様々な出会いのために「言語の、あるいは宗教の区別なく地中海域すべての国の作家たちと読者たちをやって来させる」場としての本屋を作ること。そのスローガンにはこう掲げられた。「若者たちの、若者たちによる、若者たちのための」。瑞々しい野心に満ちたこの本屋は開業まもなく、国内外からアルジェに集った知識人たちが交流する重要な拠点となる。今回紹介するのは、このシャルロと彼の本屋に捧げられた物語だ。
アルジェ、過去と現在。
読者は、シャルロが遺したノートを断片的に読みながら、一人の出版人が抱いた喜びや悲しみ、怒りを共有することになる。そして彼の人生を辿ること、それはアルジェリアの歴史(ひいては、フランスの歴史でもある…)を、ある特異な視点から見るということでもある。まさに激動の時代だ。100年以上続く植民地政策、そのさなかの第二次世界大戦、深刻な紙不足と出版の危機、「自由フランス」の「首都」となるアルジェ、出版に関する奮闘と喧噪、アルジェリア独立戦争、そして1961年…。独立前夜のこの年、シャルロの本屋はOAS(アルジェリア独立阻止のための非合法武装組織)による二度の爆弾テロにあい壊滅。いっぽうパリでは、戒厳令下でデモ行進を行ったアルジェリア人たちがパリ市警により虐殺され、いくつもの死体がセーヌ川に浮かんだ。
この物語は二つの時間を行き来する。シャルロが生きた過去と、2017年現在のアルジェ。パリの学生リヤドは、自分の将来も見えず、今や図書館となったシャルロの本屋を商店にするため、本を含め一切を処分する仕事を請け負う。シャルロとは対照的に文学に一切興味を持たない彼にとって、それはなんてことない仕事のはずだった。しかし彼を傍から眺める男、アブデラと交流するうちに、彼の心境は変化してゆく。その老人こそは、普段は人もろくに訪れないその小さな図書館をずっと護り続けてきた人物であり、シャルロとは別の、もう一人の歴史の生き証人だったのである。
本を愛する人へ。
アルジェリアは複雑な歴史を持つ国だ。幼い頃から読書を愛した著者アディミは、4歳から8歳までグルノーブルで育ち、その後アルジェリアに帰還した時のことをこう語る。「1994年、テロリズムの真っ只中です〔注: 91年〜アルジェリア内戦〕。本はごくわずかでした。ほとんどの本屋は逃げ出しました、彼らの多くは脅迫され、暗殺されていたからです」。では諦める?しかし彼女は違った。「そのとき素晴らしいアイディアを得ました。本を書き、それを読めるようにすればいい、とね!」。若き作家はこのようにして誕生した。
彼女がシャルロに共感を抱いたのは大いに納得できる。本を売ることさえ困難な国に生まれた人々にとって、書くことや出版することはそのまま、闘うこと、抵抗すること、あるいは生きることそのものにさえなり得る。シャルロの物語はその一つの証左である。この作品は、アルジェリアという国に関心があるかないかに関係なく、いやむしろ、関心はないけれども本は愛している、そんな人にこそ薦めたい一冊かもしれない。(須)
カウテール・アディミ
1986年、アルジェリアの首都アルジェに生まれる。4歳の時にグルノーブルへ移住、以降はオラン、アルジェ、グルノーブルを行き来する生活を送る。現在はパリに在住。小説は今回で3作目。