オリヴィエ・カンパルドゥさん / ベランジェ・マルティネルさん
ウィンドーのなかで石臼がゆっくりと廻っている。石と石の間から、挽かれた粉が少しずつ押し出されては、受け皿に落ちてゆく。のし棒、巻棒、さまざまな道具が置かれた作業台では、作務衣にジーンズ姿のフランス人が、そばの生地を駒板で押さえながら大きな包丁で切っている。
オリヴィエさんとベランジェさんが1月にオープンした「Atelier SOBA/そば工房」は、そば、そば粉、焙煎したそばの実などを販売する、製粉・手打ちそば工房。月に数回は、参加者6人までのそば教室も開く。3時間ほどでそば打ちの全行程を体験し、その後、日本酒を酌み交わしながら、そばを試食するというものだ。
この工房のそば職人・オリヴィエさんは、トゥールーズから40キロほど南のアエージュ県で20年間ロバの牧畜をやっていた。〈クレオパトラも愛用した〉と謳われる、ロバの乳の石鹸を作る会社は順調だったが、そば打ちに魅せられて方向転換。土壌が貧弱でも育ち、手間もかからず、種を撒いてから3カ月で収穫できるそばは、かつてはフランスの山間部で多く栽培され、食卓にのぼっていた食材だ。
ふたりの実家があるピレネーの山間部でも、16世紀ころには栽培が始められたが、20世紀頭くらいから徐々に廃れていったのだという。壁にかけられたモノクロ写真は、そば畑で作業をするオリヴィエさんのお父さんの姿だ。
オリヴィエさんは3年前、この優秀な食材を活かした仕事をしようと東京へそば修業に旅立ったのだった。通訳を介したり介さなかったりの1カ月間ではあったが、帰国後は、日本で見てきた石臼を作り(電動2機、手動1機)、粉を挽き、地元のマルシェで手打ちSOBAを売るまでになった。
いっぽうベランジェさんは、コンピューター関係の仕事をしていた。いとこのオリヴィエさんから去年、この工房のプロジェクトを持ちかけられ、「おいしくてタンパク質が豊富な有機栽培のそばを、小麦粉ではなく、別の植物性のつなぎ(企業秘密!)と混ぜて作ればグルテン・フリー。成功しないワケがない」と確信したという。物件を探し、サイトとSNSを立ち上げ、オリヴィエさんからそば打ちの手ほどきを受けて、今年1月に転職した。夏、ヴァンセンヌの森で開催されるミュージック・フェスティバルに出店するなどの対外交渉も担当する。
ふたりは「日本オタク」ではない。日本語を解さないから、船便で届いたそば殻取り機の説明書が日本語だけで戸惑ったりもする。地元で代々栽培され、食べられてきた「そば」という植物への思い入れが日本のそばへとふたりを導いたようだ。
工房の一角に置かれた木のベンチに座っていると、通行人が物珍しそうにウィンドーを覗き込んでいく。石臼を眺めたまま動かなくなる子ども、好奇心に満ちた夫婦、スタンプカードが半分埋まった若い男性客が入ってきては、会話が始まる。
地元の人たちとこんな風につながりを持つことや、日々、そば打ちが上手になっていくことが嬉しいという。ベランジェさんは初めての日本旅行から戻ったばかり。「どんどん日本が好きになっている」のだそうだ。
工房では、クロワッサンを作るときに使う生地を延ばすフランス製の機械を導入した。これで、日々の需要に間に合う量を作れるようになった。来客数と、作る量のバランスがなかなか難しい。今は、そばをリトアニアから輸入しているが、オリヴィエさんがアリエージュの2ヘクタールの畑で栽培を始めた。秋くらいからは、100%フランス製のそばが買えそうだ。(六)
今月のそば打ち教室は、 18日(金) 25日(金) 27日(日)。
詳細 : atelier-soba.com
Atelier SOBA
Adresse : 36 rue Popincourt, 75011 Parisアクセス : M°Saint-Ambroise
火〜土 10h-20h