『一つの大洋、二つの海、三つの大陸 (仮題)』
著 ウィルフリード・ンソンデ/ACTES SUD社
バチカン、アフリカ初の大使。
それにしても、なんという人生だろう…。これは「バチカンにおけるアフリカ初の大使」として歴史に名を残す実在した人物の半生を、彼自身の目を通して振り返るというフィクションだ。ンサカ・ネ・ヴンダは1583年頃にコンゴ王国(現在のアンゴラ、コンゴ共和国、コンゴ民主共和国、ガボン等にまたがる地域を支配)に生まれた敬虔なカトリックの神父であったが、ある日、当時の国王アルヴァロ二世により大使としてバチカンへ赴くように命じられたところから彼の数奇な運命が始まる。その旅の密かな目的とは、当時王国を蝕んでいた奴隷貿易をヨーロッパの君主たちに止めさせるように、ローマ教皇へと進言することであったのだ。
しかしそこへ向かうために彼に用意されたのは、フランス西部の都市、ナントからやって来た船。それはアフリカ沿岸で「荷物」を積み込み新大陸ブラジルへと向かう、奴隷船だった。
三大陸の受難者たち。
この物語で舞台の半分以上を占めるのは海、すなわち船上である。奴隷貿易の悲惨さは到着後にだけあるのではない。長期にわたる道中もまた地獄であった。独裁者のような船長、思考停止した船員たち、そして奴隷たち。暴力と汚辱と糞便にまみれ、地上の神の掟が全く通用しない生活の中で、ネ・ヴンダの信仰もまた揺れ動く。
ある日、甲板に出された女性奴隷たちは、身を一つにして海へと身を投げ入れた。束縛から放たれ「自由」となるために…。この光景を前に神父は、自殺を禁ずるカトリックの教えに背き、海底に沈む彼女たちのために祈ることこそが「正しい」と確信する。当初国王から依頼された奴隷制廃止の使命は、いつしか彼自身のものとなるのだ。
アフリカからブラジル、そしてヨーロッパへ。しかし、ようやくたどり着いたその大陸もまた、貧困と飢餓、そして宗教的対立がもたらす暴力が支配する場所だった。長い旅路の中でネ・ヴンダは、三大陸を覆う悲惨を目の当たりにする。売られてゆく奴隷たち、略奪され陵辱される農家の婦人たち、迫害されるユダヤ人たち。人が人を支配するという暴力。神父は、彼の横を通り過ぎた全ての受難者たちの声を忘却から救うことを決意する。ところがヴァチカンに着くやいなや、1608年1月、彼は崩れ落ちるように倒れ、その生涯を終えてしまう。その体は、スペインで彼を捕えた異端審問官たちによって、すでにあまりにも痛めつけられていたのであった。
希望、あるいは未完の使命。
こう書くと、全く救いのない話と思われるかもしれない。しかしそこには一筋の希望もまた託されている。ネ・ヴンダが奴隷船で出会ったフランス人水夫「マルタン」(彼にはここで明かせない重大な秘密がある)と育んだ親密で神秘的な関係がそうだ。異国で育った若者とのこの出会いこそが、逆境のなかで神父を前へと進ませるのである。要するに物語が問いかけるのは、絶望に打ちのめされた人々が、それでもなお、いかにして、希望を捨てずにその生を全うできるのかということなのだ。
ネ・ヴンダは最後にこう語る。「私の希望は地上の人々のところで木霊を見つけるだろう。(…)宇宙のどこかで、奴隷たち、虐げられた人々、苦しめられた人々を再び見出し、彼らの顔を思い出し、彼らの涙で自らを潤し、彼らの救済を絶えず見守ってゆく。途方もない仕事だ」。
死によって道半ばで閉ざされ、神父の使命は永遠のものとなった。そしてこの物語の著者は、未完に終わった彼の仕事を、現在へ引き継ぐという使命を負っているのである。(須)
ウィルフリード・ンソンデ
1968年、コンゴ共和国ブラザヴィルに生まれる。幼少期にパリへ移住、政治学をおさめ、その後ベルリンに25年間滞在。音楽家でもある。兄はコンゴ王国の歴史の専門家で、著者は彼を通じてネ・ヴンダを知った。