『失われた時を求めて』の語り手が恋に落ちるときは、まずはその人物の?うわさから入ることが多い。後年、話者と一緒に暮らすことになるアルベルチーヌに関しては、「大きくなったらとても《ふしだら》な女になる」(井上究一郎訳)というのが、語り手が初めに聞いた評判だった。
このアルベルチーヌは、果たしてエレガントとも呼べる若い娘に成長し語り手を魅了することになるが、パリの道から聞こえてくる魚屋や八百屋の呼び声を聞いて、思わず歓声を挙げてしまうほどの大の食いしん坊でもあった。中でも好物はアイスクリームだったよう。そんな彼女にせがまれて、有名菓子店であるポワレ=ブランシュやルバッテ、オテル・リッツなどにいそいそ出かける語り手の姿は微笑ましい。
でも、その一方では、彼女が「ルバッテに行きたい」と言うと、その理由はもしかしたらその店で彼女が誰かに会いたいためではないかなど、想像力をたくましくする場面も。恋多き女であるアルベルチーヌの言動に敏感になっている彼の気持ちを察してか否か、当の本人は官能的な笑顔を浮かべると、次はリッツのアイスクリームへの賛辞を大げさに並べ立てたりする。「オテル・リッツには、ヴァンドーム広場のいろんな円柱のアイスクリーム、チョコレートとかラズベリーとかの円柱のアイスクリームがでているかもしれないことよ。(略)私がそれらのばら色の花崗岩をのどの奥で溶けさせると、私ののどの渇きはオアシスに出会ったよりももっとよく癒やされるでしょう」
約2ページにわたって続くこんな描写からは、プルーストがアイスクリームへ寄せていた子供のような気持ちと同時に、恋愛時の高揚感や嫉妬心がそこはかとなくにじみ出ている。(さ)