サルコジ政権でいちばん長い名称をもつ省、移民・統合・国家アイデンティティ・連帯開発省のエリック・ベッソン相は大統領に引き抜かれた元社会党員。そもそも移民と国家アイデンティティを併置させるこの省ほど矛盾と欺まんを示すものはない。11月2日、ベッソン同相は「国家アイデンティティ」に関する全国規模の討論会開催令を副県庁に通知、ネット上でも討論を開始。2月4日に「フランス人とは何か」の結論が出されるそう。
しかし2010年3月14日、21日の地方圏選挙にそなえて極右ルペン派に対し先手を打ち、極右票を先取りするための「卑劣な」選挙作戦とみる向きも多い。左派はそのわなにはまらないよう慎重、「愛国主義と移民恐怖感を増長させるだけ」とオランド社会党前書記長。国民に国歌斉唱と国旗掲揚を奨励するロワイヤル前大統領候補は、この論争は「拒絶すべきでない」と乗り気だ。
10月28-29日付けCSAの世論調査によると、「国家アイデンティティについて討論すること」に60%(右派72%)が賛成。フランスのアイデンティティの重要な要素は?に対し80%はフランス語、共和制64%、三色旗63%、政教分離61%、国歌ラ・マルセイエーズ50%。この結果に気をよくしたサルコジ大統領は11月12日、地方市での45分間の演説中、国家という言葉を55回連発、「国家アイデンティティを話題にしたくない者は怖いから」とナショナリズム警戒派に追い打ちをかける。
98年ワールドカップでの仏チームの優勝は三色旗の白・青・赤に多人種の色「黒・白・ブール(褐色)」が重なりあった国家的出来事だった。1960年代以降フランスに移住した旧植民地出身の移民子孫・メティスが共に築きあげた現代フランスの姿だ。「自由の国」アメリカでは肌の色が異なっても皆アメリカ人になるのだが、フランスでは仏国籍をもっていても「アルジェリア系」「ベトナム系」「セネガル系」「ガボン系」「タヒチ系」と被植民地祖先の出身国名を付けがちだ。
06年以来、雇用者50人以上の企業に、写真や氏名・居住地を入れない匿名履歴書による採用令が課されているが、それを実行する企業はほとんどなく、アラブ系の名前や写真だけで排除するのが一般的。最近アフガン人不法入国者3人をチャーター便で戦場状態の本国に強制送還させたのもベッソン移民相。これらの例だけでも仏共和国の標語「自由・平等・友愛」の後者二つは? と問いざるをえない。フランス革命が生んだ「開かれた共和国」が「閉鎖的共和国」になりつつあるよう。ゴンクール賞受賞作家マリー・ンディアイ氏が07年サルコジ政権下、彼女のいう「下品で醜いフランス」を去りベルリンに移住したのもうなずける。
フランスとは革命遺産に、ヴォルテールやユゴー、カミュ、詩人エメ・セザール(マルチニーク出身)、ンディアイらの文学、思想が付加したものではないか。「フランスのアイデンティティ」論は、さらに強まる人種のグローバル化に対するサルコジ政権の性急な選挙戦術にすぎないのか。(君)