アラン・レネといえば、若かりしころ、突っ張って『去年マリエンバード』を観たが分からず、4回観てついにこの映画を「分かった!」と思えた瞬間を得たというのが、私的映画史に刻まれている監督だ。またデュラスがテキストを書いた『Hiroshima mon amour 24時間の情事』も代表作。こちらはフランス語を習い始めたころに観て、日本人主人公の話すフランス語のなまりが(わが身を省みてか)気になって仕方なく、映画に専心できなかったという思い出もある。今年のカンヌのコンペに最新作『Les Herbes Folles 気狂い草』を出品したレネは87歳。その全キャリアに対して〈特別賞〉を贈られた。
思わぬところからたくましく生えてはびこる雑草をイメージした題名通り(原作はクリスチャン・ガイイ著『L’Incident 偶発』)、これは、ひょんなことから発生した欲望の物語だ。財布をひったくられたサビーヌ・アゼマ、その財布を拾ったアンドレ・デュソリエ、見知らぬ二人の間に妄想という名の電磁波のようなものが走る。分別あるいい年をした大人がこんなことしてよいのか? と自分を戒めながらも、欲望に勝てず行動が常軌を逸してゆく。この欲望、恋する相手に対する欲望というのとは違う。理性を失うことへの欲望が、そのきっかけを作った相手に対する欲望とミックスされてしまうという複雑な欲望だ。
この秋もフランス映画は、『Partir』(カトリーヌ・コルシニ監督)やら『Les Regrets』(セドリック・カーン監督)やら、欲望が理性に勝って灼熱の恋に走る物語が後を絶たないが、本作は、そんじょそこらの小僧っ子の映画とは関係ないというか、映画に取り組む姿勢のランクが違うというか、シニカルで艶(つや)のある作品だ。若い監督は士気不足なのか、レネほどの年齢にならないとこういう映画は撮れないのか…? (吉)