長いあいだ封印されていた家族の過去の出来事やタブーを直視することで、身体的、心理的な傷を癒す療法がある。ポンピドゥ・センターで開催中のルイーズ・ブルジョワ(1911-)の回顧展を見ると、彼女が美術を通してそれを行っていることがわかる。全編が私小説であり、過去との葛藤だ。アート・セラピーの見本のような作品である。
ブルジョワは、パリのタピスリー修復家の両親の元に生まれた。子供時代は、物質的には恵まれていたものの、父の愛人が英語の家庭教師として同じ家に住み込み、母はそれを黙認するという、複雑なものだった。家庭内のねじれた性的な空気は子供心を蝕んだ。この少女時代が、生涯のテーマとなった。母や自分を苦しめた父親は、作品の中でしばしば抹殺され、「一番の親友」という母親は大切な存在として表現される。
ブルジョワの説明を聞けば作品の背景はわかるのだが、それでは作家が敷いたベルトコンベヤーに乗せられてしまうようで面白くない。あえて、彼女が語らない無意識の部分を想像してみよう。
檻の上に君臨する大きな『蜘蛛』。檻の中にはタピスリーをかけたイスがあり、子供時代の家を表している。「母は蜘蛛のように賢く忍耐強かった」とブルジョワは言う。タピスリーを修復していた母親が、糸を吐いてレース模様の巣を作る蜘蛛であるのは納得がいく。けれども、巣から何も逃さない蜘蛛と違い、現実の母は家庭を統治しきれなかった。檻(家)の上に君臨する蜘蛛は、叶えられなかった夢の中の理想の母親なのだ。
『Etude d’après Nature(自然の研究)』と題された鳥の怪物。ブルジョワによれば、これは父親で、父への復讐として頭を切って、馬鹿にするために乳房を3組もつけたのだという。しかし、尻尾で性器が隠されているため、性別はわからない。そして、鳥なのに、なぜか4本も足がある。怪物は父親であると同時にブルジョワ自身ではないか。はからずも父の名はルイ、娘の名はルイーズだ。父娘のフュ−ジョンに、母と愛人の重みが乳房となって重なる。このような例は多い。作家本人の説明をいったん聞いたうえで、それをうのみにせず、自由に解釈してみると、深層心理が透けて見えてくる。(羽)
ポンピドゥ・センター
6月2日迄(火休)。
Spider, 1997
Private collection, courtesy Cheim & Read, New York
Photo: Frédéric Delpech / CR Louise Bourgeois
●Jim Dine (1935-)
ピノキオ物語を心的に解釈して表現したシリーズ。絵画、立体、リトグラフ作品。5/27迄
Galerie Daniel Templon : Impasse Beaubourg 3e
●Lovis Corinth (1858-1925)
ドイツ表現主義へつながるベルリン分離派の中心的アーティスト。絵画、デッサン。6/22迄(月休)。
オルセー美術館
●Figuration narrative
アメリカでポップアート全盛の時代、フランス美術の流れを大きく変えたフィギュラシオン・ナラティブの動き。1960年代のフランス社会でアーティストたちは何を感じたのか? 絵画、映像作品などおよそ100点。7/13迄(火休)。
グランパレ
●Jan Fabre (1958-)
毎年ルーヴル美術館が現代アーティストを招く企画展〈Contrepoint〉3年目は、 ベルギー人の 造形・舞台芸術家ヤン・ファーブル。北方絵画展示室に展開する「変身/過ぎ行く時間」をテーマとする空間 。7/7迄(火休)。
ルーヴル美術館
●Camille Claudel (1864-1943)
大理石、テラコッタ、ブロンズなど、カミーユ・クローデルの主要作品約80点のほか、版画、デッサンや、ロダンとの間に交わされた書簡、写真などの資料も展示。クローデルの創造性を再発見。7/20迄(月休)。
Musée Rodin : 79 rue de Varenne 7e
●Hilma af Klint (1862-1944)
神智学、人智学に影響を受け、 他国の前衛芸術家と交流することなくスウェーデンで20世紀初頭から抽象作品を制作し続けた女性画家。知られざる抽象芸術の先駆者。1907年から1919年までの作品60点を展示。7/27迄。
Centre Culturel Suédois : 11 rue Payenne 3e