世界最古、300年の歴史を誇るオペラ座バレエ学校の校長エリザベット・プラテルさんは、元オペラ座バレエ団のプリマドンナ。40歳の定年を迎えた1999年の引退公演まで、第一線で活躍した。
「すべての道はオペラに通ず、のように、ここは私にとって世界の中心だった。そして避けては通れない登竜門でもあったの。まるでドライバーにとっての教習所みたいなものね」。幼いころ、いつかこの舞台で踊る日を夢見て、ガルニエ宮の周りを何度も歩いた。「パレ・ロワイヤルを背にオペラ通りを歩いてくると、劇場の全貌はすぐには見えなくて、少しずつ姿を現す。そして広場にたどり着いて見上げると、威風堂々とそびえ立つ全容が現れ、いつも心が躍らされる」。すべてのバレリーナにとって、ここは魔法のシンボルだ。
現在も、ここから近い9区に住み、ガルニエ宮の事務所と、郊外のバレエ学校へRERで往復する毎日。校長に就任して今年で3年目を迎えたプラテルさんだが、20年前にパリの西郊外ナンテールに移転したバレエ学校の辺りを散策したことは、まだ一度もない。彼女が過ごした人生の大半は 、オペラ・ガルニエを囲む半径2km。コンセルバトワールのダンス科がサン・ラザールのマドリッド通りにあったころ、駆け上がった坂道や、 音楽科の生徒たちと共に学んだラシーヌ高校も懐かしく、オペラ座のバレエ学校に移籍してからも、リュックを背に、この界隈を駆け抜けた。
「パリで好きなのは、すべてのスクエアよ」。特に地下鉄のカデ駅とポワソニエール駅の中間に位置するスクエア・モントロンや、アンベール駅前のスクエア・ダンベールは最もお気に入り。「パリは、まるで庭園のような街だと思うわ」
バレリーナの日常は厳しく、子供のころから徹底的な節制生活を叩き込まれる。リハーサルに次ぐリハーサル、才能がすべてといわれ、毎年行われる選抜コンクールで振り落とされ、涙とともに学校を去る者。過酷な生存競争に勝ち抜いた者だけが味わえる、至福の瞬間。そんな歓喜と失望が隣り合わせの特殊な世界に生きてきた。「だからといって青春時代を棒に振ったとか、何かを犠牲にしたなんて思ったことはないわ。私たちには選択権があったし、情熱があった。そして何よりもオペラ座の舞台で踊るという、至福の喜びを味わえたのですから」。海外公演で世 界中を旅し、名声を手に入れたあとも、帰る家はオペラ・ガルニエなのであった。(咲)
●ホテル・スクリブのバー
「ここで人を迎えるのが好き」と、プラテルさんが知人や関係者を伴いよく訪れるのは、オペラ座の楽屋口スクリブ通りにある〈ホテル・スクリブ〉のバー(というよりはサロン)。見回せば、ビジネスマンや旅行者に混じり、いかにもモード界の大御所風やお供の美少年、シックに着飾った美女たちの姿がちらほら。シャンデリア、ビロードのカーテン、大理石のローテーブルなど、ナポレオン帝政時代の豪華絢爛な雰囲気がたっぷりで、非日常的な世界が広がる。
1 rue Scribe 9e 01.4471.2424