交通事故で四肢麻痺となり2年間闘病生活にあったヴァンサン・アンベールさん(22歳)の母親が、昨年9月24日、息子の意思を受け入れ、胃ゾンデにバルビツール酸を投入、医師が人口呼吸器を外し死に至らせてやった。この母と医師の手による「安楽死 euthanasie」事件(『死ぬ権利を要求します』531号)を覚えている人は多いだろう。 フランスでは殺人とみなされる安楽死をもたらした容疑で現在、同母親と医師は懲役5~20年の刑が下されかねない被告席に。が、ヴァンサンがシラク大統領にまで『死ぬ権利を要求します』と手紙を送った、母息子の苦しみと闘いが投じた社会的波紋は、予想以上に大きかった。ラファラン首相は「死に政治家が関与すべきでない」と述べていたが、末期癌の親を看取ったことのある議員や医師である議員らからなる特別委員会が、聖職者から倫理学者まで80人の意見を取り入れて練った「末期患者の権利」を認める法案を提出。11月30日、国民議会審議を超党派一致で通過し、上院に送られた。 同法案は、尊厳死や自殺を援助することの合法化を避け、刑法には触れずに医療法の面で、医師は「患者の意思を尊重」(患者は昏睡状態に陥る前の3年以内に意思表示できる。植物状態の患者や未成年者の場合は家族または後見人、治療スタッフが指示)し、患者は「執拗な延命治療を拒否できる」としている。そして暗黙の同意ではなく、医師は患者の意思をカルテに明記することが要求される。また末期患者の指示に従い、集中治療と栄養補給を停止し、モルヒネなどによる対症療法に切り替えることができる。患者または家族に、鎮痛剤により死を招く可能性への合意を得て、安らかな「死に導く laisser mourir」べきとしている。 しかし四肢麻痺患者ヴァンサンは、若くて意識もはっきりしており、人工的栄養補給で生き続けられたので末期患者とはみなされない。したがって母親と担当医の行為は自殺の手助けととられるわけである。が、患者の意思を尊重するなら、医師は栄養補給を絶って生命を短縮させることは認められるが、医師による致死的行為であってはならないと草案者らは主張する。 今日、フランスでは末期患者の2人に1人、約10万人の治療が暗黙のうちに停止されているという。安楽死が社会的タブーとなっているフランスで、同法案は安楽死という言葉を退けている。医師の役割は、末期患者が自分の意思で生に終止符を打つ時、苦痛を和らげ付き添うということか。(君) |
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