●Solas 「あなたが必要だ」と素直に言えぬ不器用で孤独な人たちを、優しく肯定してくれるような作品。 マリアは威圧的な父親を逃れ、町へ出て掃除婦として働く。生活は苦しく、身勝手な恋人には振り回される。そんなある日、父の手術に付き添うために母親も上京、彼女のアパートに数日間滞在することになるのだが …。 主人公の母親が孤独な人たちの魂を浄化していく過程が、確かな演出力でスクリーンに刻まれる。人生を悟った熟練監督によって産み出されたような作品だが、意外にも監督は35歳の俊英ベニト・ザンブラノ。「スペイン人監督=アルモドヴァル」と、パブロフの犬的思考回路になりがちな方に是非発見してもらいたい監督のひとり。なお本作は長編デビュー作にして、本年度スペインのセザール賞ことゴヤ賞を5部門で獲得した。(瑞) ●Saint-Cyr 落ちぶれた貴族の子女たちを家名に恥じない子女に育て上げようと、ルイ14世の後妻マントノン夫人がサン・シールに開いた学校で起こる出来事が綴られていく。女盛りのマントノン夫人 (非の打ちどころのないユぺール) は、ルイ14世の子供の教育係から成り上がった自分を宮廷に認めさせようという意欲に燃えている。ところが現実は厳しく、女性の自立を教え込まれた少女たちを待つのは、高貴な殿方たちとの結婚だけ。 話は後半部から急ピッチに面白くなる。特に、いち早くこの現実を見抜き反抗心を隠さないひとりの少女とマントノン夫人の風呂場での一騎打ちは見逃せない。裸同様、薄絹に身を包んだだけで湯船に横たわる夫人が20歳前の小娘の存在に脅かされている。カメラが、憤怒、怖れ、あきらめ、同情、悲しみ…など複雑で微妙な感情に覆われた夫人の表情を映し出す瞬間、緊張した空気が画面を覆い、観客も思わず息を詰める。監督はパトリシア・マズイ。(海) ● A la verticale de l’ete 現代のハノイが舞台。美しい三姉妹と彼女たちを取り巻く家族、友人たちが描かれていく。前作 “Cyclo” でハノイの美しさと優しさに魅せられたというトラン・アン・ユンは、「この作品をハノイへ捧げる」ために撮った。ただ、ハノイの街だと限定できる映像がそれほどあるわけでもなく、どちらかといえば『青いパパイヤの香り』のように、果物の皮を剥く手元や髪を梳く後ろ姿、水を張った桶などにカメラが向けられる。それらの物はたしかに美しいし、ベトナムについての写真集を見るごとく構図も照明も完璧なのだが、これで映画をつくれると思ったら大まちがい。語られるストーリーにはもう少し厚みが欲しいし、登場人物にだってもう少し生気が欲しい。『青いパパイヤの香り』から7年、トランの美学はさらに洗練されていくが、映画という芸術の中でどう使うかを見直す必要がありそうだ。(海) |
●Saint-Cyr |
●A l’est de la guerre
1938年11月、ナチス・ドイツに占領されたオーストリアは、ドイツ軍のために戦うことになる。終戦50年を機にウィーンで初めて開かれた、ドイツ陸軍の東方(ソ連、ユーゴスラビア) 侵略についての展覧会を訪れる人々の感想を集めたのが、ルース・ベッケルマンの撮ったこのドキュメンタリー作品。大戦に参加したと思われる男性たち (70~80歳代) の微妙な表情の変化も見逃すまいと、ベッケルマンのカメラは容赦なく彼らに近寄っていく。 |