日本、中国、韓国など極東の文学を専門にして、これまでに1200以上のタイトルを刊行してきた出版社Editions Philippe Picquier。タイトルの半数を占める日本関連書だけでも古典から村上龍や綿矢りさ、分野も純文学に限らず、推理小説や評論、学術書まで幅広い。インパクトが強いゆえに、さぞ大きな出版社なのだろうと思っていたが、実は従業員7人という小さな会社。しかも本社はパリではなく南仏アルルの町外れ、日本の田舎のような水田に囲まれた19世紀の農場の跡地にある。
「アルルを本拠地にしたのは、取り次ぎのHarmonia Mundiがあり、なによりパリの大手出版社の影響を受けたくなかったから」というのは社長のフィリップ・ピキエさん。出版界の風雲児だ。
高級官僚の息子として育ったピキエさんは大学で6年間国際法を学んだ。しかし、外交官の試験に失敗。長い放浪の旅に出たのち、文芸評論を書いたり、出版社で働いていた。自分の会社を立て独立したのは1986年。日本や中国の文学を生業にできた裏には「人生の奇遇」というものがあるという。「後に有名な翻訳家になるような人たちと学生時代から友だちだったり、みんなが日本文化に次第に興味を持つようになっていたり、景気もよかった」。出版第一号は日本近代文学の短編名作集3巻。増刷に資金が追いつかないほど売れ、川端、谷崎、三島しか知らなかったフランスの読者の嗜好を一新した。出版界における最大の功績は、極東の国の人たちが肩ひじを張らずに読むことができるような、いわばカジュアルな文学を知らしめている、という点にあるといえる。
とはいえ出版は予測がつきにくいナマモノ商売。一寸先は闇ともいえる。「いつも自転車操業といった感じだが、利益は、先を見越して投資している。日本文学も最近ふたたび若い世代が面白くなってきたし、モンゴルやチベットなども面白い作家がいるので紹介したい」と、攻めの姿勢のピキエさん。アジアのどんな点に惹かれるかと聞くと、「子供のころからシーザーよりもジンギスカンに親しみをおぼえていたさ」と言って眼を輝かせた。(康)
Picquier社のサイト:www.editions-picquier.fr/