オランダ文化センターであるアンスティテュ・ネーエルランデで開催された展覧会の中では、近年まれに見る掘り出し物。想像力を刺激する、今シーズンのおすすめの一つとして紹介したい。
戦後から21世紀初めにかけて、オランダで最も創造的な仕事をした芸術家のひとりとされるペーター・フォス(1935-2010)の、「変身」をテーマにしたデッサン展だ。
変身というと、人が虫に変身したカフカの小説が有名だが、フォスがインスピレーションを得たのは、ギリシャ・ローマ神話の神や人が動植物や鉱物になる話を集めた古代ローマの詩人オウィディウスの「変身物語」である。フォスは特に鳥が好きで、鳥に変身する物語を多く選んだ。
芸術を司る9人の女神より歌が上手いとおごったためにカササギに変えられた9人の王女たち。頭から変身し、尾が生え、ドレスをめくると足が鳥の足になり驚いている様子が、目の前で見ているかのように描かれている。王女たちは半分人間の体を残したままで飛んでいく。
娘に死なれたために悲観して海に飛び込んだ男は、哀れに思ったアポロンにより水の中で鳥に変えられて空に舞い上がる。死と再生を鮮やかに対比させており、梅原猛のスーパー歌舞伎「ヤマトタケル」や中上健次の「千年の愉楽」の、主人公が鳥になって昇天する場面を想起させる。
クロッキー帳には空想を広げる自由さがあり、緻密なデッサンにはフォスの力量が表れている。
髭面のゼウスが、人間のレダやエウロパを誘惑するため少しずつ鳥や牛に変身していく様子にはユーモアも漂っている。
牛の頭と人間の体を持ったミーノータウロスも、フォスが好んだ題材だ。ミーノース王の妃パーシパエーが牛と交わったために生まれた怪物である。母から授乳される赤ん坊のミーノータウロスのデッサンには、フォス自身が神話の中で描いたかのようなリアルさがある。
鷲の頭と上半身にライオンの下半身を持つ伝説の動物、グリフォンも西洋美術でよく取り上げられる題材だが、フォスは卵から孵化(ふか)していく様子を描き、ここでも独創性を発揮している。(羽)
Institut Néerlandais : 121 rue de Lille 7e
5月26日迄。13h – 19h。月休。
画像:Minotaure endormi, 14 février 1983
crayon et aquarelle, 12 x 17 cm
Rijksprentenkabinet, Rijksmuseum, Amsterdam (promesse de don)