
Capitale du Temps – Besançon
時計大国は?と聞かれたら、「スイス」と答える人が多いだろう。では、フランスの時計製造の中心地は…? 正解は、ブザンソン。
スイスの時計産業の繁栄には、フランスのプロテスタントの貢献が大きかったといわれている。ナントの勅令で信教の自由を認めていたフランスが、1685年、国王ルイ14世のフォンテーヌブローの勅令によってそれを破棄したため、18万〜20万人のプロテスタントが弾圧を避け、スイスへと越境した。そのなかにいた時計職人たちが、スイス側のジュラ山中とジュネーブで時計産業を興したという経緯がある。
フランス側でも、スイスと国境を接するドゥ県のジュラ山間部で時計がつくられた。冬、大雪に覆われる山あいの村々で、農家の人々が家のなかにこもって時計の部品を作るようになったのだ。
いっぽう同県の中心都市ブザンソンでは時計学校が開校し、スイスの職人を招いて本格的な時計製造が始められた。そして19世紀後半には国内で生産される時計の9割がブザンソン製という、自他認める「時の都」になったのだ。
スイスとフランスが、時に競い合い、時に部品やムーブメント、働き手を供給し合いながら育んできた時計文化。2020年ユネスコは「スイス・フランスの機械式時計の職人技能」を無形文化遺産に登録した。ブザンソンの時計製造の歴史は、この町のごとく、山あり、谷あり。その軌跡を、古都を歩きながらたどってみよう。(集)

▶︎ ルロワ01 (表紙の写真の時計)
「ルロワ」は時計師バジル・ルロワが1785年、パリに開いた店が発祥のブランド。フランス王家、ナポレオン1世、3世、英ヴィクトリア女王御用達で、ショパン、ドビュッシー、プルーストらも顧客だった。 「 Leroy 01 (ルロワ・ゼロアン)」は、975個のパーツ、27の複雑機構 (時刻表示以外の機能)を搭載、「世界で最も複雑な時計」と評され、1900年パリ万国博覧会で最高賞を受賞。アムール広場のルロワ社工房で7年をかけて作られた。125都市の時間 (TOKIOも!)、パリ、リオ、リスボンの星座盤、温度計、湿度計、標高計、気圧計、月相……王冠を形取ったリューズを開けると方位磁針。ブザンソンの時計文化を象徴する時計は、市民の寄付金でオークションで落札され 「時の博物館」収蔵となった。

時の都、ブザンソン。
Capitale du Temps – Besançon

緑ゆたかな七つの丘に囲まれた町ブザンソンは、フランス東部フランシュ=コンテ地方の中心都市。円を描いて流れるドゥ川に守られた旧市街を、17世紀のヴォーバンの城壁がぐるりと囲み、丘の上には要塞がそびえる。
ヴィクトル・ユゴー広場には文豪ユゴーの生家、その隣に画学生だった時代のギュスターヴ・クールベが住んでいた家、さらに同広場に面した別の建物では、映画の始祖リュミエール兄弟が生まれている。
スタンダールの小説『赤と黒』の舞台となった町には、今も赤(カトリック教会)と黒(軍隊)の色が残り、主人公ジュリアン・ソレルが通った神学校、大聖堂、裁判所もある、歴史と文化の薫る町だ。

Beブザンソンとジュラ山中の「時計の郷」

ジュラ山中の、時計の郷。
スイスとフランスにまたがるジュラ山脈。スイス側のル・ロクル、ラ・ショ・ド・フォンは今も時計製造の中心地だが、フランス側でも、18世紀中盤から時計づくりが始まった。「Pays horloger 時計の郷」と呼ばれるこの地域には、鉄を加工する技術が伝えられてきたこともあり、農家の人たちは冬の間、家の窓の前に作業台(établi)を置いて部品や道具を作るようになった。時計は140ほどの部品で構成されるが、農家/工房は特定の部品づくりに特化し、メーカーはそれを集めて組み立てる établissage という生産体系がスイスと同じように確立された。工房となっていた農家は、今もその状態で保存されているので見学できる。ブザンソンとル・ロクル間74kmを結んで1884年に開通した「時計鉄道 Le train des Horlogers」は、今も運行されている。

ブザンソンの時計産業

いっぽう、ブザンソンで時計産業が始まるのは少し遅くて1793年。これは、政府が輸入に頼らず自国で時計を生産しようと、スイスに近いブザンソンに時計製作所を設けた年だ。ジュネーブからやってきた時計職人ローラン・メジュヴァン(妻は高級時計ブレゲ創始者のいとこ)が責任者に就任。職人21人と、その家族もスイスからやってきた。

彼らは、時計製造にまつわる秘密を守り、赴任で待遇もよく、プロテスタントだったことなどからスイス人同士で結婚した。1848年になるとブザンソンの時計職人は3500人にまで膨らんだがスイス人とその子孫がほとんど。フランス人も時計産業に携わるべきと1862年、時計学校が作られた。市街の多くの家は工房となり、部品が造られるように。ブザンソンの得意分野は、時計組み立てと、懐中時計のケースとその装飾。1880年代になると新しく敷かれたガンベッタ通りに金・銀製の懐中時計工場や、時計雑誌の印刷所が設置された。
その頃から1900年頃までが、ブザンソンの時計産業の黄金時代。住民10人に一人にあたる1万人が直接時計と関係のある仕事につく、町の主要産業だった。時計針のメーカーHugueninは1992年まで、組み立てのMouche社などは2000年までガンベッタ通りで活動を続けた。

第一次世界大戦で懐中時計は不便だと、戦後、腕時計が開発されるなど懐中時計の需要が低下し、ブザンソンも腕時計の製造へと転向する。日本でクオーツ時計が開発され、精巧さと価格で機械式時計を席巻。機械式時計をつくってきた職人には、クオーツ時計づくりは全く別の仕事という感覚から転向は難しかった。また、フランスは戦後の植民地の独立によって市場を失った。時計産業は失速し、多くのブランドが消えた。

今、ブザンソンには50ほどの時計関連の企業があり、1800人から2000人を雇用している。時計づくりのノウハウが生かされた精密機械分野も盛況だ。ブザンソン生まれの時計ブランドも、製造する会社は違ってもLipやKelton、Dodaneなどが復活したり、新しいブランドも誕生している。
天文学、数学、機械の知識などを結集し、長い年月をかけて作られてきた時計。より精巧なものを作ろうという情熱とチャレンジ。この町を歩いていると、時計が愛おしく感じられるようになる。
★ブザンソンの時計産業史をたどる散策は。ブザンソン観光局のアプリを携帯に入れれば、地図を見ながら時計産業史散策ができます。 明るい最上階や、一階でも角地などに、工房が置かれていた大きな窓のある建物があります。www.besancon-tourisme.com。

時を »作る »。ブザンソン天文台。
Observatoire de Besançon

「フランスの時計生産の中心地」を標榜しながら、その町で正確な時間が分からないのはまずい、という地元時計メーカーの声もあり、1885年ブザンソンに天文台が創設された。子午線上(南北方向)のみに動く天体望遠鏡「子午環」で星を観測し基準時が測られ(これは「時をつくる」と表現される)、市役所や時計会社に伝えられるようになったほか、スイスのヌーシャテルとジュネーブの天文台で始められていた、時計の精度保証(クロノメーター検定 Service de chronométrie)も始められた。さまざまな温度、水、振動、磁気などへの耐性と時間の正確さが試され、誤差が一定以下ならブザンソン天文台の品質保証のマーク、蛇の頭が刻印される。

1889年からは、45日間にわたる試験で時間の誤差の少なさを競う「天文台コンクール」も行われた。今は、基準時を得るには望遠鏡でなく1967年に発明された原子時計が使われるが、蛇印は変わらない。この刻印のある時計はマニアの間で珍重され、保証のために時計を持ち込むコレクターもいるという。精度保証はC.O.S.C(スイスクロノメーター検定協会)ほかジュネーブ、独グラスヒュッテの天文台も行っているが、フランスではブザンソン天文台のみ。

子午環は背後の三角屋根の建物のなかにある。©Eric Chatelain
時の博物館 – Musée du Temps
フランス時計師の傑作が見られる。
時計と、ブザンソンの時計作りの歴史をたどる博物館。「時のギャラリー」と題された展示室には、地元ジュラに生まれ、ルイ16世の時代の王室付時計師となったアンティッド・ジャンヴィエ(Antid Janvier 1751 – 1835)の時計、また、海軍(ラペルーズの世界一周航海など)のために海洋クロノメーターを作ったり、ディドロとダランベールが編纂した『百科全書』に時計製造技術について書いたりもした時計師フェルディナン・ベルトゥ(Ferdinand Berthoud 1727 – 1807)らの傑作。

大きな展示室には、ブザンソンを中心都市とするフランシュ・コンテ地方で作られる伝統置き時計「コンテの置き時計 Horloge comtoise」コレクションや、ブザンソンの工房が得意だった装飾懐中時計や、ブザンソンに誕生したブランドの時計も。

16世紀、神聖ローマ皇帝カール5世の大法官だったグランヴェルの屋敷だったミュージアムの建物もすばらしい。(ブザンソンのあるフランシュ・コンテ地方)は、フランスのなる1678年までは、ブルゴーニュ公国とドイツ諸領邦の帰属を行ったり来たりしていた。塔からのブザンソンの絶景を見るのもお忘れなく。「時」に関して考察を促すような美術品も展示している。

Musée du Temps :
96 Grande Rue 25000 Besançon
Tél : 03.8187.8150
ブザンソン美術館、ヴィクトル・ユゴー生家と共通券:
9€ / 7€(ブザンソン住民)/ 4.50€ / 18歳未満無料。
ブザンソンの宝物、天文時計
L’Horloge astronomique

サン・ジャン大聖堂内にある1858-60年に造られた天文時計は、ブザンソン大司教が北フランスの時計師オーギュスト=リュシアン・ヴェリテに作らせたもの。定時に人形が動き、最上部でキリストが復活するのだが、現在は修理を待って休止中。部品3万個、ムーブメント11個とあって修理ができる時計師を探しているところだという。
Horloge astronomique de Besançon:
25 rue du chapitre 25000 Besançon
4月〜10月は月休。
10h30、11h30、14h30、15h30、16h30に見学会。
5€/4€18歳未満無料。(見学は7歳以上)
大切にしたい、メイド・イン・ブザンソン
LIP(リップ)

ブザンソンの目抜通りグランド・リュに1867年に設立されたLipmann &Frères社(現Lip)は、 現存するフランス最古の時計ブランド。チャーチル英首相やド・ゴール大統領に贈呈した「チャーチル」、「ド・ゴール」シリーズ、大ヒットした「ヒマラヤ」、TGVのデザイナー、ロジェ・タロンがデザインした「マッハ2000」シリーズ、マクロン大統領愛用「ドーフィーヌ」…。暗くても時間が見えるラジウムを使った燐光文字盤をキュリー夫妻と開発したり、世界初の電子時計を発売するなど、フランスの時計界を牽引してきた。
またLipは、フランス人、特にブザンソンの人たちにとっては、成人した時に贈られたものだったり、クオーツ・ショック後のリストラの危機に際して同社の工員1300人が工場を占拠した歴史など、さまざまな思い入れに満ちた国民ブランド。時の博物館でも、Lipの時計を見つめる人たちの姿が印象的だ。ブザンソンには店舗がないが、Matyで販売(住所は右欄)。文字盤の「BESANÇON」の文字も嬉しいものだ。
Pequignet(ペキニエ)

ブザンソンの多くのメーカーが「クオーツ・ショック」で打撃を受けていた1973年、モルトーにエミール・ペキニエが設立した高級時計ブランド。マクロン大統領が4月訪日した際、徳仁(なるひと)天皇に贈ったのが同社の腕時計「アティチュード・インペリアル」だった。文字盤には日仏それぞれを象徴する樫と桜の枝の絵、フランス共和国「RF」の刻印、ブザンソン天文台による精度証明つき。自社開発のムーブメントは3種あり、部品も地元を中心に調達する。フランス無形文化財企業(EPV)の認証を得ている。贅沢を「これみよがし」にしないブザンソンの町に似て、静かに品格を漂わせる時計を作り続けている。

「アティチュード・インペリアル」と同じムーブメント(カリーブル・イニシアル)を搭載したフランス大統領府とのコラボレーション腕時計 「アティテュード・エリゼ」は、世界で限定300本生産。皮革バンドの糸が赤でトリコロールになっている。
UTINAM(ユティナム)


ユティナムは、 フィリップ・ルブリュが1993年に設立。ルブリュは経済を学び、ブザンソンの時計のムーブメント製造会社で働いた後、同社を設立し、ここフランシュ=コンテ地方の伝統「コンテの置時計」に革命を起こした。振り子と錘(おもり)の原理は同じだが、重厚な木箱をとり払いステンレスなどの素材を使いながら、ムーブメントが宙に浮いているようなデザインを可能にした。「時計界のピカソ」と言われるアラン・シルベルスタインほかアーティストたちとのコラボレーションも多数行い、斬新な置き時計と腕時計を創り続ける。ブザンソン美術館の壁にもBesançon Franche-Comté TGVの駅にも、ルブリュによる大きな機械時計が時を刻んでいる。時の博物館前の工房では時計組み立て入門教室も行う。置き時計(3h)、自動巻き腕時計(2h)クオーツ腕時計(1h)など。
問合せ:UTINAM Besançon
Tél:03.8161.3925
Mail : 119@utinam.fr
● パリからの行き方

パリ・リヨン駅からBesançonまではTGV直行なら2時間半。ほか、乗り換えならDole, Dijon, Strasbourgなど様々。ブザンソン駅はViotteとFranche-Comté TGVがあるので注意。
● ブザンソンで時計を買うなら。
・Utinam Besançon:117 Grande rue
・Pequignet : 3 rue Moncey
・L’Horloger de Battant : 28 rue Battant
・Van Brill Joaillier : 83 Grande rue
・Maty : 35 rue des Granges
・Humbert-Droz : 8 rue Jacquard
◉ブザンソンでの時計イベント!

▶︎6月後半 〈24h du Temps 時の24時間〉
カーレース 「ル・マン24時間」をもじったタイトルの時計フェア。週末の3日間、時の博物館を中心にヴィンテージ時計市やオークションほか、メーカー、時計学校や研究機関が出展し、活動紹介。
www.les24hdutemps.fr/
▶︎10月10日 〈世界時計の日〉
Journée internationale de l’horlogerie
10月10日は〈世界時計の日〉。1884年の国際子午線会議で日付変更線の合意に達したのが10時10分だったとか、時計好き国王ルイ16世が処刑されたのが1793年1月21日10時10分だったなどの説もあるが、10時10分は時分針が笑顔になる、時計界では象徴的な時間なのだそう。時計の広告写真も10時10分が多い。「時の博物館」ではこの日、常設展ガイド付き見学 (11hと14h30)。時計職業訓練校の門戸開放や、博物館前のUtinam (ユティナム)では時計組み立てアトリエなども行う。
www.worldwatchday.org
つづく

