
国王フランソワ一世が1517年、セーヌ河口に築いたルアーヴルの港は、新大陸との交易によって、それまでセーヌ河口の主要港だった左岸のオンフルール港と右岸のアルフルール港をしのぐ発展をとげた。
定期便でニューヨークと結ばれたのは1784年。産業革命が幕を開けると1847年にはパリまでの鉄道が開通する。コスモポリタンな港町の人口は増え、活気を増してゆく…。そんな19世紀のこの町に、クロード・モネ少年は家族と共にやってきた。
印象派の巨匠クロード・モネ(1840-1926)没後100年を機に、ル・アーヴルのアンドレ・マルロー近代美術館では〈ル・アーヴルのモネ〉というテーマの展覧会が開催されている。10代のモネによる町の名士たちの風刺画、15、16歳で周辺の町を歩きまわってスケッチした手帳など1850年代の作品から、この町の波止場で「印象・日の出」を描いた70年代の作品を中心に展示が構成され、思春期から印象派として大成する以前のモネの足取りを追っている。作品にはル・アーヴル港、隣町サンタドレスの浜の風景が多く、描かれた場所を歩きたい気持ちにかられた。
歩きだすと、絵に描かれているように空に雲がたちこめ、何度も雨に降られた。でもその度に、やがて雲がちぎれて光が差し、空や海の色が刻々と変わるのを眺めることができた。モネや同胞が心をゆさぶられ、筆をとらずにはいられなかった光景に共鳴しながら、海辺を歩いてみよう。(六)

Le Havre / ル・アーヴル
港町のハイカラ、進取の気風と印象派。

1845年、モネ一家がパリからル・アーヴルにやって来たのは、クロード・モネの父親アドルフのパリでの事業がうまくいかず、叔父ジャック・ルカードルの食料品問屋で働くことになったからだ。その年、ルアーヴル港には1万2000隻、翌年は1万5000隻の船が入港していたというから、港はさぞかし賑やかだったことだろう。
アドルフは喧騒から少し離れた高台、ル・アーヴルのオートゥイユといわれるアングーヴィル地区に居を構えた。モネ少年は、「小さい頃から規則を守ることができず、学校は常に監獄の効果しかなさず」コレージュに進学してからも、叔父の会社の仕事を手伝っていたようだ。

モネの浮世絵コレクションは有名だが、モネは晩年になって、「初めて浮世絵を買ったのは1856年、ル・アーヴルだった」と記者に語ったという (諸説あるが)。港町という環境で視野が外に開かれ、新しいものを取り入れる精神が育まれるのは自然なことだ。絵画とは関係ないが、イギリスからサッカーが伝わり、フランスで初めてサッカーチームが作られたのも、初めてのヨットクラブもル・アーヴルだったという。
裕福な船主や商人のなかには美術サークルを作ったり、美術品を集める人たちもいて、駆け出しのモネも絵を売ることができた。モネの4つ年上の兄レオンはスイスのアニリン染料のフランス支社に務めながら弟の作品をはじめ、印象派画家の絵を買ったり、ルーアンでの展覧会に出品するよう勧めるなど、メセナ的な役割も担った。

Donation par Madame Françoise Cauvin
© Musée Marmottan Monet, Paris。
今回 〈ル・アーヴルのモネ〉展で初公開されている1856年、57年のスケッチ手帳も、いったんモネの手を離れたものを、レオンが1893年にル・アーヴルのオークションで落札し、弟にプレゼントしたものだという。この町が印象派の故郷となったのは偶然ではない。資産家たちと、町の気質のためだろうとある地元の人は言っていた。
Exposition Monet au Havre – 〈ル・アーヴルのモネ〉展
アンドレ・マルロー近代美術館
フランス第2の印象派コレクションを誇るル・アーヴルのアンドレ・マルロー近代美術館では、モネ没後100年を記念して〈ル・アーヴルのモネ〉展が開催されている。モネが家族とともにル・アーヴルにやってきた1845年代から、印象派時代が始まるまでの、ほぼ30年間の足どりを作品でたどる展覧会だ。
モネといえばジヴェルニーの庭で撮られた晩年の写真が有名だが、この展覧会では若い頃のモネの写真に迎えられる。まずは初公開の、15歳、16歳のモネのスケッチを収めた手帳2冊。ル・アーヴルとその周辺の町の民家、ひと、船、風景などは、学校で美術の授業を受けてはいたとはいえ、とても上手に描かれている。やはりこの頃描いていた、ル・アーヴルの名士たちを風刺した画も多数展示されている。


Claude Monet, Eugène Lecadre
, vers 1858, crayon noir sur papier avec rehauts de craie
blanche, 48 x 30 cm, collection particulière © François Doury
父アドルフはモネがパリで絵を勉強するための奨学金をもらえるようル・アーヴル市に手紙を送るなどはしていたものの、絵描きになることには反対だった。いっぽう、兄レオンは弟や絵画仲間の作品を買って応援。同じくモネが若いころから絵を描くのを支援していた叔母マリー=ジャンヌ・ルカードルと叔父ジャックは、隣町サンタドレスに大きな家を構え、モネはその庭で新聞を読む父アドルフや、日傘を差すいとこジャンヌ=マルギュリットを描いた。父親アドルフの肖像画は今回初公開の作品だ。

ナポレオン3世と皇后の肖像などで有名なギュスターヴ・ル=グレイも、ル・アーヴルに1856、57年と滞在した。雲、太陽に輝く海の風景を、複数のネガティブ(コロジオン湿板)を重ねて現像したル=グレイの写真は、印象派の画家たちに影響を与えたが、ルアーヴルの海辺では、写真家も、画家も、新しい視覚的表現を試み発表するラボであったこともこの展覧会から感じられる。
同展の最初と最後には、艾未未 (Ai Weiwei)がモネへのオマージュとして、65万ピースのレゴを使って制作した巨大 「睡蓮」♯1と♯2も展示されている。

アンドレ・マルロー近代美術館
MuMa – Musée d’art moderne André Malraux
2 bld Clemenceau 76059 Le Havre
国鉄ルアーヴル駅からは16番のバスで、Muma 下車。停留所前が美術館。
入場料10€€/6€/26歳未満無料。

ルアーヴルがますます好きになる、Les Fauves(レ・フォーヴ)。
MuMa (アンドレ・マルロー近代美術館)のカフェ・レストラン

眺めも、料理もワインも、すべてが素晴らしい美術館です。
港に出入りする船の景色、お料理、ナチュラルワインもすばらしい。MuMa (アンドレ・マルロー近代美術館)内のカフェ・レストラン。前菜は一律9€、主菜は19€、チーズ8€、デザート8€。これが、ウィークデーならフォルミュル(前+主/または/主+デザート)24€。ワインはグラス6€から。
午後のお茶なら、カフェ2€、フランスでは珍しくアイスティー、アイスコーヒー(カフェフラッペ)も。日替わりガトーは7€。前+主+デザートで30€。月休、火〜金:11h-18h。土日:-19h。
サイトで予約可能👉 https://lesfauves.fr/reservations/
Tél. : 02 35 19 62 75

INFORMATIONS
パリからの行き方:
パリSaint-Lazare駅からル・アーヴル行き電車に乗り終点まで。約2時間。長距離バスFlixbusは所要時間は電車とほぼ同じで安いのと、ル・アーヴル発の最終が電車より遅いのも魅力だが、トイレが故障していることが多く、前回は悪臭に困った。
観光局
Le Havre Etretat Normandie Tourisme
186 bd Clemenceau 76059 Le Havre
国鉄ル・アーヴル駅からはLa Plage行きのトラムA線、B線で終点下車、徒歩2分。
観光パス 「パス・トゥーリスム」
Pass Tourisme Le Havre – Etretat
スマホにダウンロードする観光パス。有効期間は24時間、 48時間、72時間の3タイプある。
ミュージアム入場無料、公共交通乗り放題。
ヨットハーバーから出る遊覧船Vedette baie de Seineのプロムナードにも席があれば乗れる。Hôtel de Ville (市庁舎)からローカルバス13番に乗れば、小一時間かかるがエトルタまでパスで行くこともできる。
