Zadkine Art déco
1925年、パリで現代産業装飾芸術国際博覧会(別名アール・デコ博覧会)が開催された。出品されたものや建築に共通する、幾何学文様のデザインは総称してアール・デコと呼ばれ、20世紀を代表するデザインの一つとなった。2025〜2026年にかけて、博覧会開催100周年を記念して、アール・デコに関するさまざまな催しが開催されている。
ザッキンのアトリエ兼住居を改造した美術館で開催中の本展もその一つだ。ロシア帝国(現ベラルーシ)出身のエコール・ド・パリの彫刻家、オシップ・ザッキン(1890-1967)とアールデコの関係が話題になったことはなく、意外な組み合わせに感じられるが、彼がモンパルナスで活動した1920年代は、アール・デコの最盛期でもあった。流行のデザインの影響を受けた作品を見て、この彫刻家の意外な面を発見した思いだった。
第一次世界大戦で負傷したザッキンはパリに戻り、それまでの素朴な作風を捨てキュビズムに惹かれたが、すぐに自分の道ではないことを悟った。その時、工芸分野で先端を行っていたのが、近代的なアール・デコだった。新し物好きのザッキンは早速その技法を取り入れ始めた。
パリ万博で渡仏した日本の職人から学んだ漆芸

アール・デコで使われた技法の中に漆芸がある。中国、日本、インドネシアで盛んだった漆芸をフランスで知らしめたのは、山形県生まれの菅原精造(1884-1937)である。菅原は山形で手ほどきを受け、上京して東京美術学校で本格的に学んだ。フランス人の金銀細工職人の招きで師と共に渡仏し、パリのその職人の工房で働いた。1907年、パリに着いたばかりのアイルランド人デザイナー、アイリーン・グレイと知り合い、彼女に漆芸技術を教えたのち、工芸とインテリアのギャラリーを一緒に経営するほどのビジネスパートナーとなった。
やはり日本で漆芸を始めて、1924年にパリに来て菅原のもとで高度な技術を学んだ、北海道生まれの浜中勝(1895-1982)もいる。浜中は1937年パリ万博に出品した屏風で大賞を受賞した漆芸作家で、作品は今でもオークションに上ることがある。会場には、二頭の雄牛を描いた浜中の屏風、菅原が背もたれを作った座椅子、グレイやフランス人漆芸作家ガストン・スイスらの什器が展示されている。
ザッキンは漆に興味があったが、にわか仕立ての技術では難しい。家具デザイナー、アンドレ・グルーの手を借りて、木彫り彫刻に漆を施した。

ザッキンは金箔も試みた。アール・デコの影響を受けた傑作「金の鳥」は、石膏で作った鳥に赤で着色し、その上に金箔を貼ったものだ。金の下から赤が透けて見える。精緻な仕事なので、金箔貼りはプロに依頼した可能性がある。ロシア生まれのザッキンはイコン(東方正教会板絵の聖画像)で金箔に馴染んでいたが、自分でやってみようと思った背景には、金箔を貼った絵を制作した友人、藤田嗣治の影響があったようだ。藤田がザッキンに及ぼした影響には並々ならぬものがある。ザッキンにグレイを紹介したのは、藤田と彫刻家のシャナ・オルロフだった。面倒見のよい藤田は、20年代にザッキンが日本で展覧会をする手助けもした。
木や石の直彫りに長けていたことを見込まれて、アールデコ博覧会では、石のペルゴラ(あずまや)の浮き彫りの一部を依頼された。小さな模型と、その後エッソンヌ県に移転されたペルゴラのビデオ、写真が会場で見られる。

Plâtre peint et doré à la feuille 98 x 20 x 23 cm
ザッキンとデザイナーたち

アール・デコのデザイナーたちは、ザッキンの協力者であり、ザッキンのコレクターでもあった。美術館の離れのアトリエは、デザイナーたちとの交流に当てられている。グレイはザッキンが自分をモデルにした頭像を死ぬまで離さなかった。アンドレとニコルのグルー夫妻は芸術家夫婦で、アンドレはザッキンに妻をモデルにした頭像を注文した。アトリエでは、ザッキンと彼らデザイナーの作品が置かれていた室内の一角を再現している。(羽)



MUSÉE ZADKINE Du mardi au dimanche de 10h à 18h.
Adresse : 100 bis, rue d’Assas, 75006 Paris , FranceTEL : Tél : 01 55 42 77 20
アクセス : Vavin / Notre-Dame des Champs
URL : https://www.zadkine.paris.fr/
火〜日、 10h-18h。 9〜11€。
