
恒例のフランス映画の祭典、セザール賞は第51回目に。会場のオランピアには、パリ市議会選に専念するため辞任したラシダ・ダティに代わり、2時間前に任命されたばかりのヴェルサイユ宮殿前総裁カトリーヌ・ペガール新文化相の姿があった。
進行役は俳優バンジャマン・ラヴェルネ。名誉賞が贈られるジム・キャリーを前に、「10歳でポワティエで映画『マスク』を見ました。俳優以上の無限な才能を持つ偉大なアーティスト発見したのです。マスクの有無に関わらず、あらゆることを自らに許し、私たちの想像力を解き放つ人。それから30年後、彼は私の3メートル先にいます!」と興奮のスピーチ。そして、キャリーの代表作『マスク』を思わせる黄色い衣装に早変わり。ミュージカル俳優顔負けのダンスを披露した。長髪で歳を重ねてもイケおじのキャリーは嬉しそう。傍らには娘と孫に加え、現パートナーのミナさんというアジア系の女性の姿も。日系の方かもしれない。
ノミネート最多は、リチャード・リンクレイター監督『Nouvelle Vague』で10部門。だが、蓋を開けたら、頂点の作品賞は、ベルギーとの合作でカリーヌ・タルデュー監督の『L’Attachement』の頭上に輝いた。
『L’Attachement』は50代の自立した書店員女性が、窮地に陥った隣人の子供を預かり、絆を結ぶ人間ドラマ。ヴァレリア・ブルーニ=テデスキが感動的な演技を見せる。冒頭でバンジャマン・ラヴェルネも「J’adore
大好き」と叫んでいたが、思い出すと涙腺がうるうるしそうな秀作。が、現在日本での配給がなく、フランス映画祭でも上映されないというのは残念だ。壇上でタルデュー監督は、「あらゆるところに壁が築かれつつある社会で、私たちを繋ぐあらゆるものに基づく物語」と語った。
下馬評で一位だった『Nouvelle Vague』は、撮影賞、編集賞、衣装デザイン賞、監督賞の4部門に留まった。『L’Attachement』は作品賞、助演女優賞、脚色賞で3部門を獲得。他に『新凱旋門物語』、『Nino』、『Arco』、『Le Chant des forêts』が、それぞれ2部門に輝く健闘を見せた。
話題となった受賞者は、フランク・デュボスクだろう。昨年、セザール賞をもらえぬ不運な映画人代表として壇上に上がったが、なんと今年はブラック・コメディ『Un Ours dans le Jura』で脚本賞を受賞しリベンジを果たしたのだ。これには会場も大盛り上がり。壇上で本物の盾をもらった彼は、昨年の偽物ミニ・セザールの盾にひっかけ、「でかい!愛する人よ」と喜びの雄叫び。「脚本、それは何か。脚本は始まりと中間と終わりがある物語。願わくは、私の(人生の)物語も中間でありますように」。関係者や身内への感謝が無駄に長いスピーチが続く中、尺も内容も申し分なく、再び好感度を上げていた。

名誉賞を受賞したカナダ出身のジム・キャリーは、練習を重ねたフランス語で6分間のスピーチ。「今から約300年前、私の曾祖父の曾祖父の曾祖父がマルク=フランソワ・カレ(Carré 四角)は、サン・マロからカナダへ移住しました」と、自身とフランスとの繋がりを紹介。「今夜はこの栄誉とともに、このカレが一周して円を結びました。それは私の家族が求めていたことかもしれません。私がこれまで出会った中で最も面白い男――私の父に感謝します。パーシー・ジョゼフ・キャリー!彼は私に愛と寛大さと笑いの価値を教えてくれました。もし幸運に微笑んでほしいなら、まずあなたが微笑みかけなさい。難しいことですが、試みなければなりません」。最後に「私のフランス語はどうでしたか?舌は疲れます」と加えた。会場の映画人は総立ちで拍手、スターもスターが好きなのだ。

毎年、亡くなった映画人の追悼コーナーがあるが、大きく取り上げられたのはブリジット・バルドー、フレデリック・ワイズマン、エミリー・ドゥケンヌなど。ただし、バルドーの映像を上映後、会場からは野次も飛び、その下品な振る舞いがネット上で物議を醸した。ワイズマンの紹介にはアリス・ディオップ監督が登壇し、「彼のように人間社会をレントゲンのように映し出した映画作家は他にいません」とドキュメンタリー界の巨匠を偲んだ。
セレモニー中には映画人らが政府による激しい弾圧が続くイラン市民への連帯を言及。黒いドレスで登場したゴルシフテ・ファラハニは、『シンプル・アクシデント』で作品賞と脚本賞でノミネートされたジャファル・パナヒ監督を前に、「イラン国民は何十年も自由のために闘ってきました。素手で、しばしば孤独の中で。私は知っています、彼らは最終的に勝利するでしょう」と、厳かに訴えた。

エプスタイン文書について堂々と言及し、笑いに転化する強者もいた。短編アニメのプレゼンターを務めたコメディアンで俳優のアリソン・ウィーラーだ。長らく「フランス人が最も愛する有名人」だったが、死後に性加害者の告発が相次いだ神父のアベ・ピエールの伝記映画に主演した進行役のバンジャマン・ラヴェルネに対し、「バンジャマン、あなたはどんな役でも演じられる。イノセントなアベピエールさえも!」とブラックジョークを飛ばした。続けて、「これからはもっと気をつけないと。彼は今、資金調達段階にある映画に取り組んでいます。ジャック・ラングの伝記映画です」と語り、会場を爆笑させた。ラングは元文化大臣の権力者だが、先ごろエプスタイン文書との関わりが表面化し、アラブ世界研究所所長の職を辞職したばかりだ。
また、ジム・キャリーの仏語吹き替えを30年に渡り担当する声優のエマニュエル・カーティルらは、カトリーヌ・ペガール新文化相に向け、AI(人工知能)の脅威とアーティストへの保護を壇上から訴えたが、新文化相は終始無表情のまま。なお、セザール賞に先立つ数日前、フランスでは4000人の映画人がAIによる「完全な略奪」に対する法規制の強化を求める文書に署名している。
2025年のフランスは、映画の観客動員数が前年比−13.6%とふるわず、質的にも豊作の年ではなかった。だが、セザール賞そのものは大きな脱線事故もなく、映画文化をあらためて祝福する優等生的なセレモニーとなった。
第51回セザール賞授賞結果
作品賞 :『L’Attachement 』
監督カリーヌ・タルデュー、製作ファブリス・ゴールドスタン、アントワーヌ・ラン

主演女優賞:レア・ドリュッケール『Dossier 137』

主演男優賞:ローラン・ラフィット『La Femme la plus riche du monde』

助演女優賞:ヴィマラ・ポンス『L’Attachement』

©Karé Productions – France 2 Cinéma – Umedia
助演男優賞:ピエール・ロタン『L’Etranger』

新人女優賞:『La Petite Dernière』ナディア・メリティ

新人男優賞:『Nino』テオドール・ペルラン

脚本賞:『Un Ours dans le Jura』フランク・デュボスク、サラ・カミンスキー
脚色賞:『L’Attachement 』カリーヌ・タルデュー、アニエス・フヴル、ラファエル・ムサフィル:
音楽賞:『Arco』アルノー・トゥロン
音響賞:『Le Chant des forêts』
ロマン・カディアック、マルク・ナンブラール、オリヴィエ・トゥシュ、オリヴィエ・ゴワナール

撮影賞:『Nouvelle Vague』ダヴィッド・シャンビル

編集賞:『Nouvelle Vague』カトリーヌ・シュヴァルツ
衣装デザイン賞:『Nouvelle Vague』パスカリーヌ・シャヴァンヌ
美術賞:『新凱旋門物語』カトリーヌ・コスム
視覚効果賞:『新凱旋門物語』リーズ・フィッシャー
監督賞:『Nouvelle Vague』リチャード・リンクレイター
短編アニメーション賞:『Fille de l’eau』サンドラ・デマジエール

短編ドキュメンタリー賞:『Au bain des dames 』マルゴー・フルニエ
短編賞:『Mort d’un acteur』アンボワーズ・ラトー
アニメーション賞:『Arco』ユーゴ・ビヤンヴニュ

ドキュメンタリー賞:『Le Chant des forêts』ヴァンサン・ムニエ
新人作品賞:『Nino』ポリーヌ・ロケー
外国映画賞:『ワン・バトル・アフター・アナザー』
ポール・トーマス・アンダーソン監督、配給ワーナー・ブラザース
名誉賞:ジム・キャリー
