フランスは日本から遅れること3年後の2000年、アニメ『もののけ姫』が劇場公開。その後はスタジオジブリ作品が新旧入り交じり流れ込み、漫画を「第九芸術」と見なすフランス人の心を魅了した。四半世紀が過ぎた現在、その人気は幅広い層で定着している。
2024年のカンヌ映画祭では、スタジオジブリが団体として初の名誉賞を受章。続くベネチア映画祭では、宮崎駿監督についてのドキュメンタリー『Miyazaki, l’esprit de la nature』がクラシック部門で上映された。現在、本作はアルテ局公式サイトで配信中。3月19日まで無料で鑑賞可能だ。
監督はパリ生まれ、ベルリン在住のフランス人レオ・ファヴィエ。「自然」を切り口に宮崎駿の人生や思想、作品の本質に迫っていく。識者へのインタビューも積極的に敢行。ジブリ関係者やアニメの専門家はもちろん、文化人類学者のフィリップ・デスコーラ、哲学者で生態学者のティモシー・モートン、生物学者の福岡伸一、作家の池澤夏樹ら、自然科学や人文科学の第一人者の声にも耳を傾ける。パリ滞在中の監督に話を伺った。

—–ファヴィエ監督は1985年生まれですが、思春期に宮崎駿作品を発見したのですか。
はい。私は『もののけ姫』の公開にリアルタイムで立ち会い、すぐに夢中になりました。自分にとって宮崎作品は、最初から特別な存在に。アニメとしてあまりに新しく、ほとんど奇妙に見えたほど。描かれた自然は大変美しいのですが、同時に、怒り狂って危険なものでした。その後は他の宮崎作品にも興味を持ち、今では自分の子供とも一緒に見ています。
—–あらためて、宮崎作品の世界をどのように感じられたのでしょう。
宮崎作品は単なるアニメを超え、世界に対するビジョンがありました。そして、もし彼についての映画を撮るなら、人類学や哲学、アニミズムの問題に触れるべきだと思いました。西洋において自然とは外部に存在します。しかし、宮崎映画を見ると、自然は人間の内部にあるのがわかります。現在、世界では山火事が頻発するなど、地球環境の危機が続いてます。自然が外にあると考えるのは、おそらく間違いでしょう。私たちはもう一度、人間と自然との関係を考え直す時期に来ているのです。

—–宮崎駿は複雑な人です。反戦派でありながら戦闘機好き。「ジブリ」という名も戦闘機から来ました。あなたの映画は、その複雑さをそのまま受け入れて描いてます。
最初は、彼がここまで複雑な人だと知りませんでした。しかし、今回話を聞いた研究者のスーザン・ネイピアさんが、「MIYAZAKIは白黒の人ではない」と教えてくれたのです。彼の生い立ちを見れば、人生そのものが対立を内包しています。それを受け入れることが、宮崎作品を理解する鍵にもなるのです。
—–宮崎駿が政治意識の強い人というのは、日本でも一応知られていると思います。しかし、アーティストの政治的発言を好まぬ風潮のせいか、メディアもその面をあまり深掘りしません。一方、この映画は彼の政治的な顔も描きます。その意味で、日本では実現しにくい貴重な企画とも感じました。
フランスはアーティストが政治的な発言をするのを好みます。逆にアーティストだからこそ、何についても意見を持ってないといけないみたいです。今回、私は宮崎駿の発言集「出発点:1979-1996」の英訳本「Starting
Point」を参照し、映画の中で引用しました。彼はたしかに政治的な人ですが、ドグマティックな人ではないのがわかります。作品は環境や紛争のテーマに触れますが、観客に解釈の自由を残すのです。『もののけ姫』の中には多くの派閥があり、誰が勝つのか分かりません。みんな負けてほしくありません。見る方の感情も引き裂かれていくようです。しかし、そんな存在のあり方が政治的なのかもしれません。
—–わかりやすいハッピーエンドを用意しない宮崎作品が、なぜこんなに世界中で愛されるのでしょう。
ディズニーアニメにおいては、ハッピーエンドが取扱説明書のようになっているのとは対照的です。宮崎作品は矛盾をはらみ、世界の曖昧さをそのまま見せます。時に絶望もあり、簡単な解決策は示しません。この世の暴力や悲劇、そして完全ではないハッピーエンド……。いつもその全てがあるのが人生なのだと。ただし、子供のための映画でもあり、希望も描かれています。宮崎駿はアーティスト。自分の人生も作品に込める唯一無二な作家であるところが魅力で、愛される所以ではないでしょうか。
—–あなたの一番好きな宮崎作品はなんですか。
やはり『もののけ姫』です。私も多くの人に同じ質問をしましたが、みんなそれぞれに答えが違うのが面白かったです。ポニョ、キキ、トトロ、千尋……。あっ、私は“キキ”も大好きなんです!皆がそれぞれの感性で、宮崎作品と親密な関係を結んでいたのは驚くべきことでした。私のように初めて見た映画が大好きになることも多いみたい。出会い頭の衝撃が強いのかもしれませんね。(聞き手 : 林瑞絵)

『Miyazaki, l’esprit de la nature』
アルテ局公式サイトでは2025年3/19まで鑑賞可能
https://www.arte.tv/fr/videos/114615-000-A/miyazaki-l-esprit-de-la-nature/
youtubeでは2025年3/20まで鑑賞可能
