プロヴァンスのノエル(クリスマス)は、12月4日「聖バルバラの日」に始まります。聖バルバラは消防士や炭鉱夫の守護聖人でもありますが、プロヴァンスではこの日は伝統的に麦を撒く日。家庭内でも小皿に水を入れてそこに麦を「撒き」ます。翌日あたりにはそこから芽が出て、それが育つのを24日まで見守ったらごちそうのテーブルに飾るのだそう。とはいえこの麦、単なるデコレーションではありません。すくすくと育てば、もうじき訪れる新年は豊作でいい年になる、という縁起物。なんとも、健やかに育ってほしいものですね。
フランスのノエルというとアルザス地方が有名ですが、プロヴァンスにもさまざまな伝統があるようです。なので今月は、南フランスはヴァロリス=ゴルフ・ジュアンのとある家庭へ。プロヴァンス名物のサントン人形で構成する家庭内の小さなクレッシュ(キリスト誕生場面を人形で再現したもの)、その家庭で祖母から娘へ、そして孫へと伝えられるノエルのお菓子、テーブルのデコレーションなどを見せてもらいました。その随所に幸運のシンボルがちりばめられ、また、無事にノエルを迎えられる喜びを、分かち合う心が感じられました。(六)
毎年、プロヴァンスの伝統にのっとってノエルを祝うという、ヴァロリス=ゴルフ・ジュアンの、ジラルディ家を訪れました。フランソワーズさんと娘のソフィさん、お孫さんのエグランティーヌさん3世代、そしてソフィさんのいとこフィリップさんが、お菓子と、24日の夕食のテーブルセッティングをして迎えてくれました。
聖バルバラの日に麦(またはレンズ豆)を植えてから2月2日シャンドラーの日まで、プロヴァンスではお祝いが2ヵ月間続きます。クリスマスツリーをかざる習慣はもともとはプロヴァンスにはなく、家庭内の雰囲気も少し違います。
12月24日の晩ごはんは「グロ・スペ」。たっぷりの夕食、というような意味ですが、実際には魚と7種類の野菜料理(肉は25日)で構成されます。ジラルディ家ではタラとポワローねぎ、かぶ、じゃがいも、セロリや栗、カルドン(チョウセンアザミの一種)などで、25日には七面鳥や去勢した雄鶏、オマールエビなどを食べるのだそう。
卓上には3本のロウソクが灯されます。一本は亡くした親しい人への思いを、もう一本は友人や家族への忠誠、3本目は次なる誕生への希望を意味します。この晩は、実際にテーブルを囲む人数より、一席、多く用意します。「貧者の席」と呼ばれるもので、貧しい人がやってきたら迎え入れるため。分かち合うことこそがノエルの大切な心であると教わった気がしました。
24日の夜中のミサから戻ったら、「13のデザート」をひとつづつ全種類いただき、翌25日は子どもたちが待ちに待ったプレゼントを開けます。新年を迎えたら、次は1月6日の公現祭(エピファニーÉpiphanie)。パリではパイ地のなかにアーモンドペーストが入った「ギャレット・デ・ロワ」を食べますが、プロヴァンスの人々が食べるのは「ガトー・デ・ロワ gâteau des Rois」。オレンジの花の香がする輪状に焼かれたブリオッシュで、フルーツの砂糖漬けが入っているもの。パリでいうギャレット・デ・ロワはプロヴァンスでは「パリジャン」と呼ばれるのだとか。
2月2日の「シャンドラーの日」で、一連のお祝いごとはおしまいに。サントン(後述)もしまいます。シャンドラーといえばクレープが頭に浮かびますが、キリスト教では「聖燭祭」。聖母マリアとヨセフがイエスを生後40日後にエルサレムの神殿に連れて行きイエスを神に捧げたことのお祝いだそうです。
★「13のデザート」
12月24日のために家庭では 「13のデザート」を用意します。文字通りフルーツやナッツ、ドライフルーツやお菓子が13種類。プロヴァンス地方でも場所や家庭によって違いがありますが、13のうち8つは決まっています。「ポンプ・ア・ウイル Pompe à huile」と呼ばれる、生地にオリーブオイル、オレンジフラワーウォーター、レモンとオレンジの皮を入れて焼いたパン。ヌガー(白、黒)、4種類のナッツとドライフルーツ (アーモンド、ヘーゼルナッツまたはクルミ、イチジク、ブドウ)。その他は各家庭でフルーツゼリー、マルメロのゼリー、果物の砂糖漬け、カリソンなどのお菓子。オレンジやみかん、りんご、なし、ぶどうなど、季節の果物。Melon d’eauと呼ばれるタイプの細長いメロン、ナツメヤシが入ることもあります。
★「3」という数字。
テーブルには白い3枚のテーブルクロス。それぞれ24日の夕食、25日昼食、夕食のためで3枚ですが、卓上のロウソクも、小皿の麦も3つ。すべてカトリックの、神に三つの位格(イエス、イエスが父と呼んだ神、聖霊) があるという教義 「三位一体」にちなんでの”3″なのだそうです。
★「Cacho-fio」 (暖炉に薪をくべる儀式)
“Alègre, alègre ! Dièu nous alègre !
Calèndo vèn, tout vèn bèn !
Dièu nous fague la gràci de vèire l’an que vèn,
e se noun sian pas maï, que noun fuguèn pas mèns !”(訳*は文中に)
「グロ・スペ」の前に「Cacho-fio」があります。お祝いのテーブルを囲む人のなかから、最年長者と最年少者がふたりで一緒に暖炉に薪をくべる儀式です。*「神が喜びをもたらされますよう。ノエルを無事に迎えられました。神のご加護のもと、新しい年は家族が増えないにしても減りませんように」とプロヴァンス語で唱えながら、3日3晩燃え続けられる、太い果樹の薪をくべるのだそうです。
★La Sainte-Barbe
12月4日、聖バルバラの日に植えた麦。プロヴァンス語では「Quand lou bled venez ben, tout vèn bèn(麦が育てば一年安泰)」といわれるそう。それにしても、ジラルディ家の麦はよく育ったこと! 来年はいい年になりそうです。
★プロヴァンス名物サントン人形とクレッシュ。
ベツレヘムの厩(うまや)でのキリスト生誕の情景を人形で再現するのが「クレッシュ」。プロヴァンスのクレッシュは、 井戸、小川、橋、家などを配置して19世紀のプロヴァンスの村を作り、そこにキリスト生誕を再現します。赤ちゃんのキリスト、聖母マリア、ヨセフからなる聖家族、牛とロバ、羊飼いたちのほかに、ラヴェンダー収穫人、革職人、パン職人などプロヴァンスの伝統的職業につく人たち、盲目の老人と子ども、キリスト生誕の奇跡を見て両手を上げて喜ぶ「ラヴィ(うすのろ男)」など、定番の”村人”たちが集れば、プロヴァンスのクレッシュが完成します。
おばあちゃんからもらったサントンを大事にし、定期的に自らも買い続けているというフィリップさん。やはり好きなのは、マルセイユにある「カルボネル」工房のものだそう。包まれた人形をひとつひとつ取り出して人物を確認しては、「これはこのあたりに置こうか」などと相談しながら配置するのを見ながら、紙の音から動作まで、日本のひな人形の準備を思い出しました。
サントン人形は、出産祝いとしてプレゼントすることもあれば、幼い時から親しんだサントンを老人ホームに持って入居し、ノエルにはクレッシュを作る人もいるそうです。そんなエピソードを聞いていると、サントンはプロヴァンスの人々にとって単なる可愛い人形ではなく、幸せなノエルの思い出そのものであることを感じます。
ピカソが陶芸にめざめたヴァロリスの町では
作家のサントンでクレッシュが作られる。
Trésors de Vallauris : Santons d’auteurs
ヴァロリスは陶芸の町。なんといってもピカソがこの町に来て陶芸に開眼して移住し、多くの作品を制作したことで有名です。それらの陶芸作品群が見られるマニエリ美術館や、ピカソが壁画全体を制作した 「戦争と平和」の礼拝堂がある「戦争と平和 国立ピカソ美術館」もこの町の人気スポット。村人たちが暖かく迎え入れてくれたお礼にと、ピカソが村に贈った「羊を抱く青年」のブロンズ像(下の「ヴァロリスの町情報」の写真)も、ピカソの遺志どおり、今も町の中心の広場に鎮座しています。
そんな町には自然と多くの陶芸作家たちがやってきました。彼らが村のために焼く大きなサントンも、このヴァロリスの町の宝物(冒頭写真)。安全のため収蔵場所や作家名がわからないよう作家のサインは撮れませんでしたが、これらの大きなサントンが毎年ヴァロリスのサンタンヌ=サン・マルタン教会のクレッシュを飾ります。
1814年に退位したナポレオンが1年間エルバ島で過ごした後、権力奪還を狙ってアルプス越えに挑んだ時、上陸したのがこのヴァロリスのゴルフ・ジュアン港からでした。それがこの町をナポレオン街道(Route Napoléon)の出発地点としているゆえんです。
ヴァロリスの町情報
◉パリからヴァロリスまでの行き方
パリLyon駅からカンヌまでTGV、カンヌからGolfe-Juan-Vallauris駅まではTER(車窓からの景色がすばらしい)で全行程5時間30分ほど。
▶ヴァロリス・ゴルフ=ジュアン観光局
Office de Tourisme de Vallauris Golfe-Juan:
4. av. Georges Clemenceau 06220 Vallauris
www.vallaurisgolfejuan-tourisme.fr
Tél : 04.9363.1838
月-土 : 9h-12h/13h-17h
◉マニエリ陶芸美術館
Musée Magnelli – Musée de la céramique :
ピカソの陶芸作品と、ヴァロリスに伝わる陶芸の歴史を伝える陶芸美術館。20世紀イタリア人画家アルベルト・マニエリの主に絵画作品を集めた美術館。
(ヴァロリス城内)Pl. de la Libération 06220 Vallauris
火休、9/16〜6/30:10h-12h15/14h-17h
入場券で両方入場可。6€/3€/18歳未満無料、第一日曜日は入場無料。
Tél. : 04 93 64 16 05
◉戦争と平和 国立ピカソ美術館
Musée national Picasso – La Guerre et la Paix :
(ヴァロリス城内)Pl. de la Libération 06220 Vallauris
火休、7/1〜9/15:10h-12h30/14h-18h 両美術館とも
入場券で両方入場可。6€/3€/18歳未満無料
◉ノエル陶芸市
Marché potier de Noël
陶器の町ヴァロリスならではの「ノエルの陶器市」。
地元で活動する陶芸家たちの作る陶器をじっくり見て買える機会です。
12/15 (日) 9h30-18h。
Place de la Libération 06220 Vallauris
◉Bain du jour de l’an
元旦寒中水泳。元旦11h-.
Plage publique Pablo Picasso 06220 Golfe-Juan
◉ ホテル Hôtels
・Blanc Sable Hôtel (ブラン・サーブル・オテル):
センスのいいインテリア、美しくおいしい朝食。家族経営ならではのあたたかみのあるホテルで、旅の深みが増す宿。
Impasse Beau Soleil 06220 Golfe-Juan
https://blancsablehotel.com
・Hôtel Restaurant de la Mer (オテル・レストラン・ド・ラ・メール):
ブルゴーニュ出身でジョルジュ・ブラン、ベルナール・ロワゾーのもとで料理を学んだエリック・ラモスさんが、ホテル経営、朝食からディナーまで腕をふるうホテル・レストラン。
226 Avenue De La Liberté 06220 Golfe-Juan
Tél : 04 93 63 80 83
www.hotelmer.com