年金制度改革は本当に必要なのか?
マクロン大統領は現在の賦課方式(現役勤労者の保険料が現退職者の年金の財源になる)の年金制度を救うための改革と主張してきた。ボルヌ首相も、放置すれば増える一方の赤字を改革により2030年までに解消すると説明。政府の試算では、30年までに118億€節約できるとしている。
国会審議中に、早くから働き始めた人については保険料を44~45年間も納付しなくてもいいよう定年を前倒しすることや、子育てをした女性に配慮した措置を導入する野党の修正案が可決されたが、国民や労組が最も反対する法定退職年齢の62歳から64歳への引上げについてはがんとして譲らなかった。64歳定年は本当に必要なのか、経済学者の声に耳を傾けてみよう。
ピケティ、同一の納付期間、累進課税と高額所得者CSGアップ。
格差問題の専門家として日本でも知られるトマ・ピケティ氏は2月11日付ル・モンド紙上で、定年の64歳引上げは全く不要、「改革は非常に不公平で、現実から乖離している」と厳しく批判した。同氏は、この引上げは高学歴の人には影響がないが、20歳前から働き始めた労働者に、現在の満額受給資格の42〜43年の保険料納付期間を超えて2年多く働かせることになるとする。
したがって、定年年齢を引き上げるのではなく、同一の納付期間をすべての人に適用するだけでよいと主張する。子育てで仕事を中断した女性が不利な点については、子供一人当たり2年+育休1年が納付期間に加算されるのが原則だが、実際には早く働き始めた女性の場合はその一部しか加算されず非常に不利だと分析する。また、年金の財源確保は、高給与への社会貢献税(CSG)の税率を上げることで確保できると提案。月額5000~1万€の高額所得者へのCSG税率引上げや、高額所得者の上位500人にCSGを2%課税するだけで年間200億€が確保できるなどの解決策を示している。
女性と高齢失業者の問題指摘
高額所得者の優遇措置廃止
年金改革問題でメディアに頻繁に登場しているソルボンヌ経済学センターのミカエル・ゼムール氏も同様に、裕福な年金受給者へのCSG免除廃止、資産への課税、高額給与所得者に対する社会保険料免除措置の廃止を提案している。また、現行制度では子育てをした満額受給資格のある女性は、62歳でリタイアするか、64歳まで働いて10%の割増を得ることができるが、改革後は62歳退職は不可能になり、64歳でも割増は5%に減ると指摘し、改革は女性により公正をもたらすとした政府の主張に真っ向から反論。
また、高齢の失業者や社会復帰連帯手当(RSA)(生活保護に相当)受給者は、年金をもらえる時期が2年先延ばしになる分だけ不安定な状況が長引くと指摘する。「政府は改革を急ぎすぎており、話し合いの余地を残していない」と同氏。
欧州他国の定年年齢は高いという改革支持の議論に対し、他国は退職年齢をある程度自由に選べると反論する経済学者もいる。ウクライナ戦争、そしてインフレで庶民の生活が苦しくなっている時期に、庶民にさらなる負担を強いる改革は時期尚早のように思える。(し)