Hans Reichel – Lumières intérieures
ハンス・ライヒェル(フランス語発音ではアンス・ライシェル)(1892 – 1958)の作品を初めて見たのは、コルマールのウンターリンデン美術館だった。パウル・クレーに似ているが、クレーより神秘的で色が落ち着いており、不思議な魅力があった。そのライヒェルの作品が、パリ郊外イェールの「カイユボットの家」で展示されている。
作品サイズは小さく、ほとんどが水彩画だ。草花や魚と、抽象的な線や形が違和感なく同じ画面の中に収まっており、具象とも抽象とも言い切れない。瞑想状態に誘うような絵は、いつまでも見ていたくなる。夢の中の世界を描いたような繊細な作品だ。
ライヒェルは、南ドイツ・バイエルン地方で生まれたドイツ人。4歳の時に父が亡くなり、医者と再婚した母についてミュンヘンに出て来たが、ブルジョワの秩序だった生活に馴染めず、次第に内にこもるようになっていった。そのためイン川ほとりにある中世の町の寄宿舎に入れられたのだが、それが彼にとって幸いした。森や川で草花や虫、魚などを見つめて一人だけの時間を過ごすことができたからだ。自然と交流する内的風景のようなライヒェルの作風は、この頃に確立したと言っていいだろう。
学校には興味がなく、中等教育を終えた段階で旅行代理店に職を見つけた。第一次世界大戦中は、その言動から精神障害があると見なされ、兵役を免れた。戦後、ミュンヘンのアーティストの溜まり場だったカフェでクレーと知り合い、クレーを通してカンディンスキーも知った。そのカフェで知り合った女性との結婚に両親が反対し、結婚したものの金銭援助が途絶えてしまった。妻がキャバレーのダンサーをして生活を支えたという。
パリに住み始めたのは、妻と別れた1929年からだ。写真家ブラッサイが後年、絵が売れて収入があると友人知人にカフェでおごってお金を使い果たしてしまっていたという、生活感覚の薄い彼の気質を語っている。母国ドイツではグループ展をしたり、美術雑誌に作品が掲載されたりして少し知られ始めていたが、ナチスの時代にクレー同様、「退廃芸術」の烙印を押された。第二次大戦中もフランスにいたが、敵国ドイツの国籍者としてスペイン国境に近いギュルス収容所など、収容所を点々とさせられた。衰弱して生命の危機に陥ったこともあった。フランス国籍を得たのは亡くなる9年前の1949年のことだった。
ライヒェルの作品を多く所蔵し、美術館での展覧会に協力しているのは、パリのジャンヌ・ビュシェ・ジェジェール画廊だ。ジャンヌ・ビュシェが第二次対戦前に始めた画廊で、ジャン=フランソワ・ジェジェールがビュシェの死後引き継いだ。カイユボットの家での展覧会でも、ほとんどの作品がこの画廊から貸し出されている。ジャンヌ・ビュシェが1929年にライヒェルに出会ってから特に戦後、ひんぱんに展覧会を開いてきた。
1930年代にパリで友人だった作家ヘンリー・ミラーが、ライヒェルの死後、彼について書いた文がある。それによると、孤独な人で、彼を理解し、信じていた人は少ししかいなかったという。また、よくクレーと比較されるが、「ライヒェルは(クレーと違って)自分の意思を強く押し出す師(マスター)や自分の理論を繰り広げる教授であったことはなく、ただ夢の中から垣間見える隠された宝を探し続けるダイバーのような人だった」と書いている。生前は一般にはほとんど知られていなかった。
ライヒェルは言う。「ナイチンゲールは歌い終わった夜、『仕事をした』とは言わないと思う。私の小さな水彩画は歌であり、祈りであり、多くの人に喜びを与えた小さな色彩の空間。ただそれだけ」。
鳥の歌のように、ライヒェルの作品は見る人の心に音楽をもたらす。鳥が鳴いて何かを伝えるように、ライヒェルの絵も何かを訴えている。展覧会では、言葉にならない彼の音楽と思いが感じられる。(羽)9月18日まで
【邸宅】
4月〜10月までは火〜日(月休) 、14h-18h30。
入館8€。16歳以下・障害者無料(館内エレ有)。
【庭園/公園】
年中無休。無料。
6、7月は9h-20h30。
8、9月は09-20h。
10月〜3月は9h-18h30。
- カイユボットのように、イエール川で舟遊び!
8月:週末と祭日の15h-19h。9月:週末15h-18h
小舟(4人乗)30分5€、カヌー(3人乗)30分4€から。
Propriété Caillebotte (ライヒェル展は、敷地内のオランジュリー)
Adresse : 8 rue de Concy, 91330 Yerres , FRANCETEL : 01.8037.2061
アクセス : RER D線Melun行きの電車に乗り、Yerres駅下車徒歩20分ほど。駅から標識 Propriété Caillebotteを目印に歩くと便利。
URL : https://www.maisoncaillebotte.fr/
入館料12€/8€