近年は猛暑のせいで扇子を使う人が増えているようだが、日本と違ってあまり日常的に使われないフランスでは、扇子は装飾品、美術品または歴史映画に出てくる小物という認識のほうが一般的だ。映画や演劇、オペラ、オートクチュール用に扇子を手作りする伝統工芸匠の称号を持つアンヌ・オゲさんのアトリエと扇子美術館をパリ10区に訪れた。
団扇(うちわ)は古代エジプトや中国で貴人の権力を示すものとして使われていたが、中国から7世紀頃に日本に伝わったとされる。それを折りたたみ式にした扇子が8世紀頃に日本で発明されて中国に逆輸入され、中国や日本からポルトガル商人によってヨーロッパに入ったのは16世紀。フランスではマリー・ド・メディシス(1575-1642)の時代に貴婦人の持つべき小道具として宮廷に広まった。ルイ14世の財務総監コルベールが1678年に扇子職人組合を作って扇子製造を奨励したこともあり、17〜18世紀には扇子は黄金期を迎える。
アンヌさんによると、パリ北のオワーズ地方でのみ製造が許された「扇骨monture」作りの扇骨職人(tabletier)と、紙や布を張る 「扇面 (feuille)」を作って組み立てる扇子職人(éventailliste)とに職域を区分したのはコルベールだそう。フランス革命で一時は廃れたものの、1830年頃からは絵画が描かれたり、20世紀初めにはアール・ヌーヴォーやアールデコの作品が生まれ、装飾品として注目された。
アンヌさんの曽祖父が1876年にサント・ジュヌヴィエーブ(オワーズ県)で扇骨職人を始め、祖父も父もその仕事を引き継いだ。父は1960年にパリ現住所の扇子職人のアトリエを買って扇面も作るようになった。アンヌさんは14歳から扇づくりを手伝い、「最初は家業だからやっていたけど、次第にこの仕事に情熱を持つようになった」と言う。この界隈は19〜20世紀初めには約70人の扇子職人がいたが、今はアンヌさん一人。作業台が2つあるだけのこじんまりとした仕事場には刺繍を施した薄布の扇面が置かれていた。扇骨は曾祖父の時代からの在庫があるのでそれを使い、アンヌさんは布に刺繍や飾りを施し、型紙にはさんで折り目をつけ、糊をつけた骨を一本一本はさんで扇子に仕上げる。研修生を取ることもあるが、73歳の今も基本的に一人で仕事をする。修復の依頼もかなりあるそうだ。
1993年に開館した扇美術館は曾祖父時代から一家が蒐集した16〜20世紀初めの扇子2500点以上を所蔵する。狭くて100点しか展示できないので、毎年テーマを設けて入れ替える。19世紀末に造られた木製の箪笥、テーブル、マントルピース、天井などの内装は歴史文化財として登録されており、重厚なつやを放っている。
17世紀に流行った扇面のない象牙やべっ甲の骨の 「éventail brisé」(檜扇の類)や、骨が象牙、べっ甲、真珠層、骨、黒檀などの木で精巧な彫刻が施されているものもある。扇面はシルク、風景・人物画が描かれたりプリントされた紙、レース、羽根などため息のでるような「作品」が並んでいる。是非訪れてもらいたい。(し)
Musée de l'Éventail
Adresse : 2 bd deStrasbourg, 75010 ParisTEL : 01.4208.1989
URL : http://annehoguet.fr/
扇子美術館見学は予約制