CREPIN-PETIT社のボタン
昨年春のロックダウン終了直前に営業を許可された手芸屋mercerieに、マスク作りの材料を買いに行く人が殺到したことは、まだ記憶に新しい。以前よりは少なくなったものの、手芸屋は見るだけでも楽しいもの。ボタンを1873年から作り続けている北部ソム県のクレパン=プティ社を訪ねてみた。
テキスタイル関連産業が次々とアジアに移転したフランスに残るボタンメーカーはわずか数社で、木製ボタン中心のジュラ地方の企業などがある。無形文化財企業(EPV)クレパン=プティ社はアミアンの北30kmの小さな町ベルナヴィルの中心地にある。
最古のボタンはエジプト、ギリシャ、ペルシャで紀元前数千年前のものが発掘されているそうだが、ヨーロッパで服のボタンが普及し始めたのは13世紀頃だという。フランスではルイ14世時代に贅沢なモードのアイテムとなり、骨、角、象牙、貝、金銀宝石まで使った豪奢なボタンが作られ、コルベールがオワーズ地方(特にメリュ)に貝・象牙細工産業を振興させた。
このメリュにいたクレパン=プティ家が1873年にベルナヴィルで興したボタン製造会社が同社。伝統的素材から1950年代にはナイロン製も加わり、最盛期の70年代には130人の社員がいたが、グローバル化で経営が悪化。2004年に伊企業に買収され、09年に元社員のドミニック・オサールさんが廃業寸前のクレパン=プティを買い取った。今は社員32人と小規模ながら、高付加価値のボタンを作り続けている。
同社が製造するボタンはポリエステル、ナイロン、木、象牙椰子、椰子の実、貝、金属などの素材を使っている。ナイロン製以外はいずれも丸いボタン形状になったものを仕入れる。木はジュラ地方のツゲなど、ポリエステルはポルトガル、金属はイタリアから輸入。そのボタン形状のものは切削機にかけられてカット・穴あけをした後、陶器破片や木片と混ぜて多面樽の中で数時間回して研磨した後に染色される。染色液のレシピはなくて20~30年の経験を持つ染色担当社員の勘だけが頼りだ。そのあとボタンの種類によって、レーザーで細かい模様を彫ったり、手作業で釉薬を注入して七宝焼きにしたりする。ゴム、革、起毛などの風合いや、スパンコールなど様々な仕上げも可能だそうで、小さなボタンにも技術とノウハウが詰まっているのだなと感心した。
年間2500万個生産されるボタンのうち、60%は注文生産で、ラコステ、アルモール・リュックス、マージュといったプレタポルテの顧客が主だ。細かい要望に対応できることから、有名ブランドのボタン見本の注文も。残りは手芸屋や個人客向けで、こちらは年2回のコレクションを発表している。サイトでは個人やクリエーター向けに1個からでもボタンが買えるのもうれしい。
社長の息子さんで、2年前に入社したエミリアン・オサールさんは、「品質重視と(環境などに)“責任ある企業”として、メイド・イン・フランスのイメージでもっと外国にも販路を広げたい」と抱負を語ってくれた。(し)