Q:食べ歩きなどは?
青木:いや、僕らの休みは日曜だけなので限られてはいますけれど、たまの祭日に知らない店へ行区と「おー、すごい!」と思うことはたくさんあります。料理だけじゃなくていろいろな面で、サービスにしても。
Q:例えば最近の「わー!」というのは?
青木:うーん、最近はどこにも行けていないです。日曜しか休みがないし…
Q:たとえばヴァカンスなどは?
青木:日本へ帰るか、ビアリッツへ行くか。ビアリッツはとても好きなので年に1度は必ず行っています。バスク地方は人もいいし、我々日本人にとって美味しいと思える食べ物がたくさんあるのがいいですね。
Q:バスク地方と日本以外のどこかを旅されたことは?
青木:いや、僕は本当にどこも知らないんです。
Q:でもドイツ、ケルンは知ってるじゃないですか?
青木:ケルンでは住んでいた部屋とレストランが歩いて1分ぐらいの距離とすごく近かったんです。
Q:ケルンってあんなに綺麗な街なのに。
青木:僕は、本当に店と自分の家にしかいなかったですね。オーナーに上手に使われたんです(笑)。勤勉な日本人だと思われて。でも僕はそれで楽しかったんです。今はそういう時期だと思って、何も考えないで家とキッチンの往復だけしていました。
Q:今、2016年でちょうどお店を開いて10年ですね。
青木:そうです、6月でちょうど10年です。
Q:ドイツにいた時が勤勉にお店と家を往復する時期だったとすると、今はご自分にとってどういう時期だと思いますか?
青木:今は違う意味で勤勉をしています。全く違う意味ですけれど、全く同じことをいまだにしています。家と店の往復だけです。
Q:ちなみにご自宅は近い?
青木:Nanterreナンテール(パリ近郊)です。RERとメトロを乗り継いだら結構近いです。最初Nationナシオン(パリ12区)に住んでいましたが、そこから通うのと時間的にはあまり変わらないです。
Q:そろそろ最後の質問にしようと思います。誠さんにとってお料理とは何でしょう、一言でもし言えるとすれば?
青木:料理ですか?自分が作って喜んでもらえるものですか。お客さんに喜んでもらえるものだと思って作っています。
Q:お客さんに喜んでもらうもの。
青木:僕はいつも人に喜んでもらえるものを作りたいと思っています。
Q:でも実際にお客さんに喜んでもらっているとどうやって判断しますか?厨房にいると見えないじゃないですか?
青木:そうですね、僕は表には絶対出ませんから。でも何かあったら苦情が出るでしょう、やっぱり。
Q:苦情がなければ喜んでもらっていると判断する?
青木:そうです。喜んでいなければ店には来ないでしょう。苦情が出たことはありますよ、日本の方から。
Q:何に対して?
青木:「こういうやり方はおかしい」みたいなことを言われました。僕は「不味い」と言われるのは全然平気なんです。それぞれの味覚は違いますから。ただ自分のしている仕事に関して、申し訳ないんですがズブの素人さんに言われる筋合いはまったくないと思っています。僕はそのことを信じて仕事をしていますし、それを信じるからこそお客さんに料理を提供しています。まったく知らないズブの素人さんに「これは違う」と言われた時には、僕は容赦しません。
Q:そのお客さんは何が「違う」と言ったんですか?
青木:肉に対して「こんな焼き方はしないだろう」というようなことでした。僕は普段はちっとも怒らないし、お客様に対して怒る理由もありません。ただそういう僕の仕事の仕方に対して文句を言われた時には、もう止まらないです。
Q:その時にはお客さんと何が?
青木:お客様に「お代は要らないのでどうぞおかえりください」と言いました。
Q:わざわざ出ていらしてそう言った?
青木:後で世話になった知り合いのシェフに話をしたら、とても有名な人物だったらしいです。
Q:いくら有名でも人の仕事にいちゃもんをつける人というのはねえ。
青木:いや、いいんですよ。面白いじゃないですか。僕が父親の仕事ですごく覚えているのが、鮨屋というのはカウンターでしょう、目の前には常連さんもいれば初めてのお客さんもいる。そうした時にうちの父親はいい意味でお客さんを差別するわけですね、いい意味で。 お客様もお客様なりの価値を見つけにうちの店に来てくれる。鮨屋には独特の雰囲気があります。うちの父親というのはお客さんの見栄を立てる。例えば、この部位は常連さんには出すけれど、こっちのお客さんには出さないのではなくて「出す必要がない」という風にです。この常連さんにはこの部位の美味しさがわかることを父は知っている。ただしその隣のお客さんにその部位の美味しさがわからない、というわけではない。けれども父は常連さんの見栄を立てて、隣のお客さんには出されないものが自分には出されるという喜びを与えてあげる。そういうマンツーマンの関係は常連さんとの間にできていました。僕の父親はそういうことを平気で、あからさまにやる人間、お客様を大事にする人間でした。決して意地悪じゃないですよ。
Q:もちろん。
青木:でも僕らは、子供の頃に父親を責めたことがあります。子供心に「お客さんはみんな一緒なんだからちゃんとやらないと」と父に言ったら、「お客さんは自分の見栄というのを持っている。我々はそれを買ってあげなきゃならないんだ。」と父は言いました。「俺のやっていることが嫌だったらいますぐ出て行け!」と一度だけ父に言われたことがあります。自分のポリシーというものを父親はしっかり持っていたのだと思います。そういう風に父に言われて、僕は子供ながらに余計なことを言ってしまった、と反省しました。何十年も仕事をしているお父さんがそう思っているならばそれでいいんだ、たとえそれが万が一間違っていたとしても、と思いました。でも間違ってはいないんです。なぜなら客が来るんですから。だから僕が必ずしも同じことを思っているというわけではないですけれども、人それぞれにやり方、考え方、人への接し方というのがあって当たり前だと思っています。
Q:譲っちゃいけないところってのは持っていなきゃダメですよね。
青木:はい。それはもう、誰もが持っていて当たり前だと思います。お客さんに対して「一線を超えてしまった」とかそんな難しい問題じゃないですよ。僕も自分のやり方、考え方を信じて仕事をしている人間なので、何も知らないで「これは違う」と言われると、僕も止まらなくなって… 体が震えてきちゃうんですよ。そういう時にはもうどうにもならないですね。
Q:とても静かで落ち着いているようにお見受けしましたが。
青木:いや、僕はすごくうるさいですよ、狂犬病にかかったみたいに。
Q:えー、そうは見えない。
青木:やっぱり誰でもこの場所の顔、あの場所の顔、って持っているじゃないですか。
Q:最後の最後の質問ですが、今後の計画は?
青木:計画はいっぱいありますよ、やっぱり。我々ももう若くないですから、これからどういう風に店を運営していくかということは考えています。店を始めた時には、店をやることが一番難しいことだと思っていましたけれど、その後に店をやり続けることはもっと難しいことだということがわかりました。いい時もあれば悪い時もある、だから水商売というんだと思います。避けては通れないことがあります。例えば今の不況だったり、テロ事件であったり。店を開いた時にはみんなが食らいついてくる。特に僕が店を始めた時には日本人の店があまりなかったので、ジャーナリストや有名な人が来てくれたりしました。そんな風に囃し立てられて良かった時期もありました。今は本当に若くて実力もあって、頭の切れる日本人シェフたちがたくさん出てきたので、よく僕のことなんて覚えていてくださったな、と今日来てくださったことに僕なんか感心しています。
これからもっと姉と、それから東京の店の兄と、母ももう若くないし、みんなで一緒に。何しろ家族ですからね、商売を通じて僕らも楽しい暮らしをしていけるように。それは店がないとやっぱりできないことです。お店をもっとよくして、お客さんにもっと喜んでもらって、あとは母親を喜ばせたい、と。
Q:お母様は今おいくつですか?
青木:77歳です。もう若くないですから、みんなで楽しい生活をしていいきたいと思っています。それがひょっとしたらフランスかもしれないし、日本かもしれない、ということはまだ決めかねているところです。
Q:迷っていらっしゃる?
青木:迷っています。それはもう、一生迷い続けることじゃないですかね。ここにいるのは、姉さんとも店を始めた時に言っていましたけれど「僕らは世界中どこでも、店をやらせてくれるという場所ならばどこでもよかった」ということです。たまたまそれば、マダム・リリアンヌのおかげでフランスの食文化の真ん中であるパリでやらせてもらえることができましたけれど、たまたまのことで、その前はニューヨークでもできるかもしれないという話があってニューヨークへ行ったこともありましたし。だからどこでもよかったんです、我々にできることがあれば。自分たちがしたいことを表現できる場所があれば、日本であろうが、フランスであろうが、ニューヨークであろうがどこでも良かった。その考えは今でもあります。
Q:いいな、逞しいな。
青木:万が一、ここから場所を移してパリではなくて地方へ行くことになるとしても、本当にそこに我々の求めるもの、メリットがあるとすれば、何も迷わずにそこへ行きます。全然、どこへ行っても怖くない。もう僕らは始めてしまってこうしてやっていますから。怖くない、という言葉は変かもしれないけれど、やっていく、続けられる自信はあります。フランスには日本とは違ういいところがある、と僕がいつも思っているのは、「ここがいい」と思ったらお客さんは必ず来てくれる、というところです。
Q:確かに。
青木:僕はfidèle(信義を守る)という言葉が好きで、フランス人のそういうところは大好きです。未だに10年前に来てくれたお客さんが週に何回も来てくれる、というようなことです。
Q:さっきお店にいた男性は同席の人たちに「僕はこの店を10年前から知っていてね」と言っていました。
青木:ああ、あの人は最近来てくれ始めた人です(笑)。ただ、開店して10年経ってからこの店を見つけてくださって、毎日のように来てくださる方もいます。そういうことを考えると、やっててよかったな、と本当に思いますよ。でも、我々だって今日明日でできることではないですからね。10年経ってみて始めてわかることもあるし、経験というのはやっぱり大切だと思います。今日より明日、明日よりは明後日、という具合に僕らはやっています、姉と二人で。
Q:続けていくのが一番です。
青木:いや、まだ色々とやりますよ。やらないと。
Q:お話を伺って色々な意味で魂を感じて、羨ましいと思いました。
ありがとうございました。
Makoto Aoki
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