事前情報がなかったのでまったく期待せずに行ったら、素晴らしく面白かったパレスチナ人現代作家5人展である。
どの作家もいいが、特に印象が強かったのは、ラリサ・サンスールの映画 『Nation Estate』だ。国家 (Nation、State)に不動産 (Estate)を合わせ、イスラエルによって土地がだんだん狭められているパレスチナを表した。スーツケースを引いた主人公(サンスール自身)が地下道のトンネルを抜けてエスカレーターを上る。ホールのエレベーターの入り口のパネルには、死海、ラマラなど、それぞれの階の地名が見える。主人公はベツレヘムの階で降りる。パレスチナの国旗のカードキーで部屋に入り、宇宙食のような缶詰の自動加熱ボタンを押して、食事をする。食器はすべて、パレスチナの大判スカーフ「カフィーヤ」の図柄だ。主人公は、パレスチナの特産物で、平和の象徴でもあるオリーブの木に水をやる。窓の外を見る主人公のお腹は膨らんでいる。と、カメラは急に高層ビルの外に出る。壁に囲まれた狭い区域に建っているその建物こそがバレスチナの国なのだとわかる。SF映画のような滅菌的な空間に現実の政治が絡む、魅力的な作品だ。
会場にいたサンスールに「影響を受けた映画作家は?」と聞くと 「キューブリック」という答えが返ってきて、納得。最初の場面はコペンハーゲンの地下鉄だが、あとはコンピューターで合成した風景だという。制作時、本当に妊娠していたのでそれをそのまま使い、ベツレヘムで生まれたといわれるイエスの誕生に引っかけた。「パレスチナは土地が縮小されているので、上に伸びるしかないのだ」と言う彼女の言葉に、重い現実を感じる。
そのほかは、ダンボールに穴をあけて家に見立てたものを部屋いっぱいに積み上げ、「占領することとはどういうことか」を見せるバシール・マクール、「100日の孤独」と題し、小さな部屋に閉じこもった自分の活動を撮ったニダー・バドワン、穴を掘ってエルサレムの地上に出て来る人を絵画とインスタレーションで表現したシャディ・アルザクズク、娘と老いた母親が壁の下から手を出して互いを確かめ合うビデオを作ったカレド・ジャラル。社会性、政治性が豊かな創造力に包まれた、アートとして一級の作品ばかりである。(羽)
3月20日まで
Institut du monde arabe :
1 rue des Fossés-Saint-Bernard Place Mohammed V 5e