Q:ご自分のお店を開かれたのは本当に最近のこと、(昨年の)11月27日ですよね?
檜垣:そうです。
Q:その前のお店、Passage 53(この欄に登場いただいたシェフ佐藤伸一さんのお店)にはいつまで?
檜垣:1年前までです。 Passage 53にはオープンして4ヶ月後ぐらいの2009年から5年と少しお世話になりました。夏休み明けからガストロノミーの店にするという時で、まだアラカルトメニューもありましたしスタッフも若い人が2人だけでした。そこから5年。佐藤シェフといろいろなことを話し合いながら仕事をしたので、自分にとってはとてもいい経験になりました。
Q:立ち上げの時からということになると、佐藤さんのお店と一緒に成長をされてきた?
檜垣:そうです。だから自分のこの店も、Passage 53のように自分で壁を4層ほど塗っています。Passage53も最初は土壁で佐藤シェフの趣味には合わないような装飾だったのを、彼が自分でテーブルやカトラリー、グラス、床もバカンスのたびに変え少しずつよりいいものにしていきました。日本人の店は最初から「バシッ」と決まっていますが、僕たちにも資金の問題がありしかも完全な個人経営、妻と僕の会社なのでできることは限られている。Passage 53での経験があったので、自分たちでできることはして、すぐにできないことは次のバカンスにという風に考えられるようになりました。また料理への考え方にしてもPassage 53で働いてから180度変わった気がしています。それぐらい自分にとっては、佐藤シェフとPassage 53が知らず知らず大きな存在になっていたのだと思います。でもそのことには店を辞めてから気づきました。働いていた時には佐藤シェフがいつも隣にいたし、毎朝あそこへ通っていたのであまり意識はしていなかった。辞めてから自分で何かをするたびにPassage 53の事を思ったり、佐藤さんの大きさに気づいたりする。
Q:そもそも佐藤さんとの出会いは?
檜垣:もともと知り合いだったのではなく、佐藤シェフが出張料理をしていた時に彼の料理を食べた人のブログを読んで「こんな人がいるんだ、すげえな」と。僕はその時にフランスへ行こうとすでに決めていました。
Q:日本で佐藤さんのことを知った?
檜垣:そうです。そのあとリーマンショックがありフランス行きの話が二転三転して、知り合いのつてなどをと思っていた時に、佐藤さんがPassage 53を開いたことを知りました。「へえ、あの人店を開いたんだ」とすぐに日本から電話をして「こういう者ですが働かせてください」とお願いしたらメールを、と言われて履歴書を送った。そこからです。佐藤さんは僕が日本でシェフをしていた店のことはご存知でした。
Q:イタリア料理からなぜフランスに?
檜垣:フランス料理への憧れは昔から自分の中にありましたが、タイミングがなかなか合わなかった。
Q:それは東京での話ですか?
檜垣:東京でも、京都でも大阪でもそうです。僕はナポリでも働いたのにクラシックなイタリアンはあまり作っていない。性格からかどうしても綺麗に作ってみたくなる。で、綺麗に作ると人からは「フレンチだ」と言われる。「フレンチっぽいよね」みたいな。綺麗だとなぜフレンチなの?というのが自分の疑問でした。フレンチは美味しいと思っていましたし、イタリアンはあの無骨さがダメなのかなとも昔は思っていました。独立を考えた時に、理由は自分でもわからないのですが大阪があまり好きではなかった。でも東京にはバックボーンがない。かといってイタリアには旅行でも自分で働いた時にも、保守的だという印象を強く持った。イタリアに他国料理は存在せず、どこに行ってもイタリアンしか食べられない。そしてどの店にも定番、同じものがある。反対にフランス、パリに来た時にはもっとグローバルな印象を受けた。もちろん僕はイタリアが大好きで、行く時にはいつもワクワクしますが、反対にフランスは「パリなんて」とそれほど好きではなかった。だからもしもイタリアで店を開くと、僕はイタリアにいることだけに満足してしまうのではないか、イタリアに住めればたとえ自分の店を開かなくてもイタリアにいることにだけに満足してしまうと思いました。
Q:イタリアではモチベーションが得られないと思った?
檜垣:そうです。自分が目的とする店を出すならば、パリの方が自分は好きではないし、店を出すために僕はここへ来たんだと思える。そういう意味で、そして自分が思うイタリア料理をイタリアで展開することに違和感を覚えたのでフランス、パリを選びました。別に敷居が高いとは思わなかったし、自分の目的が何かということを忘れないためにパリへ来たということでしょうか。
Q:確かに私の友人のイタリア人たちもイタリア料理が世界で一番と思っているところはあります。
檜垣:みんな歴史にしても何にしても自分の出身地、土地のものが大好きですし、サッカーにしても… だからイタリアで食べるのは好きだし、ガストロノミーの店に行かなくても美味しいとは思いますけれども、自分で料理をするなら僕のフィルターを通した料理を作りたいと思ったんです。
Q:私の興味を引いたのはやっぱり日本人シェフがパリでイタリアンを展開するということでした。これだけたくさんの日本人シェフが活躍していらっしゃる、その中でお一人だけ違うことをするということには何か「狙い」があるのかな?と思いました。そして頂いたプロフィールを見ながらご出身が高知ということで、高知、四国と言えばうどんだし、なんとなく麺文化のつながりでイタリアンへ?というような単純な連想もしていました。高知でお料理を勉強された?
檜垣:いえ、大阪です。僕は料理学校にも行かず、直接大阪の料亭に入って修行をしました。18歳からです。
Q:いきなりそのお店へ飛び込んでしまった?
檜垣:親に相談をしたら「学校へ行っても酒とタバコを覚えるだけだから働け」とわけのわからないことを言われ 、知り合いの知り合いが大阪の店で料理長をしているのでそこへ行け、と。同郷のその人が帰ってきた時に家へ招いて話をしたらとても紳士的な対応で「じゃあ是非一緒に頑張ろう!」「ありがとうございます!」ということになりました。でも行ったらそんなことはなくもうヤクザの世界で、毎日タイムカードを朝7時に押したら翌日の朝3、4時まで働いて、寮にも帰れないので先輩の家で仮眠をして6時ぐらいには仕事へ行く、という生活が約2年間続きました。嫌になりそうになった時に、系列の洋食店でパスタを食べて「こんなものがあったんだ」と開眼し、その後自分で本を買って有名シェフのレシピなどを真似て作ったらみんなが「うまい!」と反応してくれて、イタリアンは面白いじゃん、と思ってのめり込んでいった。20歳ぐらいでしたか。
Q:子供の頃から料理をされていた?
檜垣:今でも母の料理は大好きですが、母親が料理上手で一緒に餃子を包んだりはしていました。母も仕事をしていましたので、自分でチャーハンを作ったりも。だから家庭科、特に料理の成績はよかったし、勉強はそれほどできなくても魚はおろせた。親戚に料理屋はいませんが、母方の祖母は魚屋をしていました。
Q:高知は高知市ですか?
檜垣:宿毛市と言って、四万十川の方です。川へ行って、川えびを釣って焼いて、持ってきたおにぎりを食べては泳ぐ、みたいなことを小さいときからしていました。
Q:四万十というと、自然いっぱいという感じですね。
檜垣:そうです。強烈な、ど田舎です。みんなが都会に憧れる土地。昔は「トンカツ食いたい。魚なんて食いたくない。」と思っていました。今は、帰郷して田舎の料理を土地の酒と一緒に食べると嬉しいです。
Q:高知の料理というとすぐに皿鉢料理を思い浮かべますが。
檜垣:そうですね、お祝いの時には母も作ります。僕もこの前マルセイユの領事館で、皿鉢料理をフランス人の学生さんと一緒に作って披露しました。店のオープンの前でした。あんなところで皿鉢料理を作るとは思っていませんでしたけれど。
Q:ご兄弟は?
檜垣:兄だけです。地元で建設業をしています。実家は田舎すぎるので、みんなパスポートを持っていなくてびっくりします。
Q:するとご家族はこちらにはいらっしゃらない?
檜垣:来ないです。来れないと思います。飛行機を怖がっていますし、だから高知でフェアなどをした時には招待してあげたいと思っています。
Q:話は戻りますが、初めてパスタを作ってからパリへ来るまではどういう経緯で?
檜垣:イタリアンをやりたいと思いながらたまたま食べに行ったイタリア人の働いている店がすごく美味しくて、働きたいと直談判をしたら「明日面接に来て」と言われ、面接の次の日から働き始めました。
Q:大阪ですか?
檜垣:そうです。そこで2年ぐらい、ナポリ料理の店でした。その店で知り合った日本人の先輩がヴェネチアで修行をした人で、その人からヴェネチアへ誘われ3か月でしたがヴェネチアの店3軒で働きました。その後日本へ戻って、大阪はもういいかなと思って東京へ。東京でカノビアーノを紹介してもらい、本店で2年、京都店オープンの時にスーシェフとして2年、そして大阪店でシェフとして4年働きパリへ。
Q:イタリアンというと、私たち、まあフランス人にとってもそうかもしれませんが、素朴な料理というか新鮮な素材をシンプルに料理する、というイメージが強いですよね。ピザにしてもパスタにしても。
檜垣:確かにそうですね。そういう意味では僕は日本料理に似ている部分があると思うんです。日本料理もやっぱりシンプルに美味しいものを食べさせる。フランス料理はちょっと違います。 生まれた国の料理で食べるのも大好きな日本料理があり、学んできたイタリア料理があり、そして自分の成長してきた段階でのフランス料理があって、その3つで作られる三角形の上に自分のアイデンティティがある。そこで自分の料理を作っていければ、もう少し「新しい」というか違ったアプローチができるレストランができると思います。だからこそレストランの名前をL’Inconnu(未知のもの)としています。
Q:ご自身にとっても「未知の」ということですか?
檜垣:自分が好きな系統の料理はわかっていても、明日にはまた僕の料理も変わるだろうし、毎日作りながら変化していくと思っているので
Q:未知の部分がたくさんある。
檜垣:はい。自分にしか作れないものを作りたいです。よく「美味しかったと言われると幸せ」とか、「来て良かったと言われるためにやっています」とおっしゃる人がいますが、そればかりではなくてなぜこんな料理を知らなかったんだろう、という意味での「不幸せさ」も僕の料理を食べる方々に味わってもらいたいなと。「美味しかった、幸せ」というだけではなくて良い意味での「不幸せさ」も感じてもらえれば料理も生き残れるような気がしています。
Q:「不幸せさ」というのは「なぜ私はこんなに美味しいものをこれまで知らなかったの!?」という発見でもある。
檜垣:その通りです。そういうことは僕にもありました。「なぜ僕はイタリア料理を作っているのにこういうものを知らなかったんだ!」と少し落ち込んだこともあった。それはもちろん僕が料理人だったから、ということもあります。そういう「なぜだろう?」と考えられるような料理をいつか一品でも多く作りたいと思っています。
Q:私、初めて聞きました「不幸せさ」という言葉。
檜垣:うーん、なんというか。ショックを受ける、というかインパクトではなくて
Q:目からウロコが落ちる、という感じ?
檜垣:どうしてもっと早く食べなかったんだろう、という意味での「不幸せさ」です。
Q:なるほど。
檜垣:それが自分の若い頃からの、料理の最終的な目標というか。
Q:この前いただいたパスタのソースが羊肉のラグー(煮込み)だったので、トスカーナ地方と何か縁があるのかな?と思いました。
檜垣:そうですね、トスカーナもピエモンテも好きで、買い付けなどにも行っています。僕はパスタだけはあまりいじりたくないんです。最後に出すというのもそういう気持ちがあるからですが、最終的な喉ごし、後口はイタリアンパスタで終わってもらいたい。それがフランス人にとってもイタリアンのイメージだと思うんです。パスタを途中に出すとワインとのつながりも良くない。アミューズ、前菜、魚料理の後にパスタを出すとお客さんの腹具合で量を調節できます。食べ足りない、食べ過ぎたということがないように、綺麗にイタリアご飯を終えることができる。日本で〆のご飯と言いますよね。パスタで〆ることに、フランスとイタリアと日本の融合がある。
Q:私もパスタで〆るというのはとても素敵だと思います。パスタが真ん中にくると次が入らずにそこで完結してしまう。
檜垣:妻は「イタリア料理ではパスタはもっと早く出す」と言いますけれど、僕はそういうことにはこだわらないです。
Q:お料理をいただいた限りですと、それほど日本料理を意識してはいらっしゃらない?
檜垣:味というよりも、例えばオリーヴを出す時に花が咲いているところをイメージして盛り付けを考える。四季を意識する、情景を浮かべられるようにする、というようなことが日本的なのかもしれません。忙しい中食べに来てくださる方たちが「今日はセープ茸、そうか秋だよね」とか「栗の時期だね」と思ってくださる。そういう情景をイメージできるところが日本料理の素晴らしさだと僕は思っています。カリフラワーの料理はPassage 53に捧げるオマージュとして作っていますが、カリフラワーを一度崩してまたお皿の上でカリフラワーが再現されている。気づく方はいますけれどそれを見せつけず、見せすぎない。気がつけばそうなっている、というところが
Q:慎ましやかなところ。
檜垣:そうです。こっちで侘び寂びと言うとチープな言葉になってしまいますが、大好きな千利休の精神などは自分の中では大切です。でも僕の風貌からは、そういうことを考えるようにはとても見えない。
Q:風貌は関係ないですよ。
檜垣:細かい作業をするよりどかんとした料理を作りそうだと思われるので、そのギャップもいいのかな、と楽しんでいます。
Q:私がこの前食事に伺った時には、開いたばかりにしてはすごく落ち着いた雰囲気だと思いました。フィレンツェで何度も通った、それこそラグーの美味しいお店がまさに同じようにシンプルな内装で、少し古びた感じだけれどもとても清潔にきちんと整頓されていて毎回ホッとする。
檜垣:帰ってきた、という感じですね。
Q:そうです。開店!と思ったからこそ意外ではあったのです。華やかでキラキラ、ピカピカしているのだろう、と思ったらとても落ち着いたお店だった。
檜垣:最近日本人が開くお店は、どこへ行ってもモダンで料理にしても佐藤さんっぽいというか、仕入先も使っている素材も似ていて、ブルゴーニュワインを置いている。僕はブルゴーニュワインも大好きですけれど、リストには載せていません。他の店とは線を引きたかったということもあります。それはやっぱり僕がPassage 53で働いたから。働いていなかったら憧れていたでしょう。僕は中で働いていたので、やっぱり佐藤さんとは違うことをしないと、という意識はありました。ただ佐藤さんがおっしゃっていたようにCarte blanche(メニューがなくてシェフのその日の料理を味わう)というのは難しいし、最近ではそれほどのサプライズも正直に言ってない。それよりもメニューに書いた上で食べる方たちにどうイメージしていただけるか、そしてそのイメージをどうやって裏切っていくかが僕なりのサプライズだと思うんです。
Q:私はPassage 53には取材の後に伺う幸運を得て、その時に素敵なサプライズを頂ききました。
檜垣:ただ、佐藤さん以外の人が同じサプライズをしても誰も興味を持たない。僕はずっと僕のイタリアンを提案したかった。もちろん佐藤さんと似ている部分はあるかもしれませんが、自分の好きなようにしたら今の形になった。佐藤さんがこの前来て「Passage53の、自分のエッセンスが少し残っていて嬉しかったよ」と言ってくれました。
Q:佐藤さんも檜垣さんの独立を喜んでいらっしゃるでしょう。
檜垣:多分そうです。初めて会った5-6年前から「僕はイタリアンで独立したい」と話をしているので、そういう意味では「やっと形になったね」と喜んでくれていたと思います。またどこかで一緒に仕事ができる機会が得られれば嬉しいです。佐藤さんを抜こうとか越そうというのではなくて、もっと違うところで自分らしさを発揮していきたいと思っています。 働いている時にはシェフ、スーシェフで緊張した関係だったこともありましたが、今となってはとても良い、すごい先輩だし、いつまでたっても僕の中ではシェフなので良い関係でい続けたいと思っています。
Q:佐藤さんが修行されたパスカル・バルボさんと同じように、佐藤さんの人としての器もきっと大きい。
檜垣:そうです。これからも相談に乗ってもらうことになると思います。相田さん(同じ通りにあるレストランあい田のオーナーであり料理長)にもとても心配していただき、世話になりました。パリへ来てから早く店を開けたいと思ってきましたが、このタイミングでよかったです。自分としてもいろいろな先輩の栄誉を見て学ぶことも多かったし、将来店を開くならとアドバイスもいただけました。今は同じ土俵に立った形にはなりましたけれども、先輩たちと色々相談しながら前へ進んでいければと思っています。苦しくないといえば嘘になりますけれども、明日がまた楽しみです。
Q:この物件はどうやって見つけたんですか?
檜垣:不動産屋へ行く前からこの物件のことは、高いけれどもすごくいい物件だと聞いていました。相田さんが買う、という話も聞いていたので相田さんに相談をして、結局相田さんから後押しをしていただいて交渉しました。
Q:前もレストランだった?
檜垣:そうです、僕は食べに行ったことがないのでわかりませんが、もっとベタベタのイタリアンだったそうです。
Q:店の構造自体は変わっていないとすると、クラシックなイタリアンだったんでしょうか?ピザの窯はあった?
檜垣:ないです。ただ僕らで塗り替えた壁なんかは黄色で「きれい」ではなかったです。 席数は45席とうちよりもずっと多かった。
Q:結構ぎゅうぎゅうだったんですね。こんな閑静な場所にありながら、ナポリの食堂みたいな感じ?
檜垣:トイレ二つとクロークがあった場所が今の手洗いです。
Q:やっぱり。私はお手洗いを使わせていただいてバスタブが入るぐらい広々しているなーと思ったのです。
檜垣:店を買うと決めた1年以上前からが長かったです。交渉が大変で、値段がつりあがったりしたので、僕は他の物件を新たに探したぐらいです。でも結局なんとか話がまとまって。
Q:工事をして
檜垣:工事は3週間ぐらいです。自分たちで壁や天井などを塗って、木の部分もいろいろ変えてテーブルを作って3週間でオープンしました。 冷蔵庫を買い足したりして、厨房はガスだったのを電気に変えたぐらいです。
Q:電気の方がガスよりもいいんですか?
檜垣:電気の方がエコですし、掃除も楽です。
Q:火加減的にはガスの方が良いということはないですか?
檜垣:僕は電気の方がいいと思います。
Q:いや単純な発想で、ガスがあると日本のコンロのように焼き魚ができるな、などと思ってしまうのです。
檜垣:なるほど。まだ始めてはいませんが、炭床は買ってあります。魚などは炭で、和食みたいに金串を打って、とは思っています。もう少し落ちついてから始めたいです。
Q:今厨房には何人?
檜垣:僕と料理人がもう一人、それからパティシエに洗い場が一人。
Q:4人。
檜垣:洗い場は料理を一切しないので、3人です。
Q:お店のお休みは月曜日だけ?
檜垣:月曜と日曜の夜が休みです、昼は開いています。日曜の昼だけパスタランチはなくて、38ユーロと50ユーロのコースのみです。
Q:どうですか、まだ開店して2週間ですが?
檜垣:そうですね、皆さんのおかげで今のところは結構満席です。まあ、オープン景気ということもあります。本当はもう少し時間をかけて細部にまで気を遣いたいので、嬉しい反面困る、という部分もあります。
Q:この前お邪魔した時にソムリエの男性が平日は付近の省庁で働く人たちがたくさん来る、とおっしゃっていました。それから前のお店の常連さんもいらしたりするので平日は混みます、と。
檜垣:実はパスタランチは自分の本意ではなかったんです。
Q:いや、あれはいいですよ。私も伺ったのが土曜日のお昼で、夜は家に人が来るからそれほど食べられないだろう、と。パスタランチがあったのでホッとしました。
檜垣:ただ平日でも僕としてはお客さんに38ユーロとか50ユーロのコースを食べてもらいたいんです。でも決めるのはもちろんお客さんです。同時に24ユーロのパスタランチがなかったら、ここの近所で働く人達、1時間で食べてカフェで〆る人達は来ていないだろうとも思います。逆にパスタランチが出ない日があると、近くで働いている人が来てくれていないのかな?と不安になります。やっぱり近くの人が来てくれて、昼はパスタランチだけれど今日の夜は時間があるから、と他のコースを食べてくれる、近くから口コミで広がっていくというのが僕の理想です。
Q:私もどの方にも言いますが、やっぱり近所の人たちが来てくれないと…
檜垣:そうそう、すぐに傾いてしまう。僕は一過性な仕事をしたくないし、ずっと続けていくために店を開いたので、パスタランチがたくさん出る日には少しほっとしたりもします。
Q:私はランチコースというのは大切だと思います。お昼だし、それほどお金をかけなくて「今日の」新鮮で美味しく調理されたものが食べられる。しかもランチコースには「早くお皿が出てくる」という印象がある。
檜垣:そうですね。昼はやっぱり1時間しかない人には1時間で出したいです。パスタランチにしても、アミューズと前菜、パスタというのは、別にあるコース料理の一部、つまりコース料理の一端を食べていただくことになる。すると今度時間のある時にはコースを、と思っていただければと考えています。まあ、近くの人たちが来てくるのは嬉しいです。
Q:ご自宅はこの近くですか?
檜垣:今は18区、サクレクール寺院の近くです。近くを探していますが、なかなか。 今は寝ても覚めても店のことで頭がいっぱいなので、店が落ち着いたら考えます。
Q:仕入れはご自分で?
檜垣:そうです、配達を頼むものもありますが、市場へは自分で行くし発注も自分でしています。魚はブルターニュから直でとっていますが、 開店したばかりの今は、新しいものを開拓するよりも自分がこれまでに使って「こういう味」だとわかっているものを調理していく方がやりやすいです。
Q:イタリアからは?
檜垣:直接はワインとオリーヴオイル。日本からずっと使ってきたサルヴァーニョSalvagnoです。小麦粉もイタリアのものです。
Q:パスタもご自分で作っていらっしゃる?
檜垣:うちは全部手打ちです。
Q:やっぱりそうなんですね!
檜垣:パスタランチのもの、二つのコースで出すパスタも全てうちで打っています。
乾麺は、この料理には合うというのならば使います。生パスタは自分でどうしても出したかったので、やっぱり。
Q:この前の生パスタ美味しかったです。実は今日はどこのパスタ、乾麺が好きですか?と聞いてみたいと思っていました。
檜垣:いろいろありますが、ラティーニLatiniというザラザラしたパスタが気に入っています。実はスパゲッティーを出す機械、ぎゅーっと押し出せるものも持っています。
Q:羨ましい、楽しそう!
檜垣:その機械を使って、スパゲッティーも後々は手打ちのものを出したいと思っています。
Q:それにはもっと時間が必要ですね。
檜垣:そうですね、時間と人が必要です。
Q:パンもご自身で焼いていらっしゃるじゃないですか。
檜垣:おいしいパン屋がたくさんあるので、頼んでもいいんですけれど。
Q:でもああいう焼きたてのパンは嬉しいです 。
檜垣:季節によって上に塗るもの、中に入れるものを変えていきます。次はトピノンブール(キクイモ)にしようと思っています。
Q:この前のパンはナッツが載っていて美味しかったです。
檜垣:玉ねぎのコンポートとヘーゼルナッツです。玉ねぎのチップやハーブなど、いろいろ変えていくと個性も出せるし季節も感じてもらえる。料理に関しても、パンに関しても僕たちはこうです、と提案していきたいです。自家製だからとチープにはしたくないですね。
Q:パンがパスタの前に来てしまったのが少し残念でした。パンが出て、すぐ後にパスタが来てしまったので「わー、両方食べれるかな」と。
檜垣:そうですね、順番やタイミングも気をつけなければなりません。あんまり先に出してしまうとパンを食べ過ぎてしまう。
Q:そうそう、温かいパンを一切れ食べて「わーおいしい!」と思ったんですが、パスタも食べたかったので一切れで我慢しました。
檜垣:パスタ、お肉のソースなどと一緒に食べてもらい気持ちもあるのであのタイミングで出すんですけれど、確かに結構余るんです。だから今はもう少し早く出すようにはしています。その加減が難しいですね。一つずつココット(厚鍋)で焼いているので
Q:だからあんなにモチモチとしている。美味しいのにもったいない。
檜垣:僕はフォカッチャ(イタリアの平たい料理パン)をベタでもいいから出したいと思っていました。まあバゲットならば美味しいものはいくらでもあるけれど、別にバゲットを出さなくてもいいし。
Q:ピザを出す店では、ピザ生地を焼いて出してくれたりもしますよね。暖かくて家庭的で嬉しいです。
檜垣:チーズはすぐそこのQuatrehomme(檜垣さんのお店の近くの代々フランス最高職人称号MOFを持つ熟成師が経営するチーズ屋さん)に相談しながら、必ずイタリアのものも入れつつ仕入れています。フレッシュ感を食べてもらいたい。少しずつ自分がイメージするものに近づいていきたいです。
Q:お店が開いたばかりですが、軌道に乗ったらさらなる今後の計画というのはありますか?
檜垣:うーん、そうですね。僕はピザが大好きなので、ナポリの窯を入れてピザを作ってもみたいです。それからヴェネチアで修行をしたので、スペインのタパスのようなバールで立って食べられるヴェネチアのチケットchicchettoとピザのお店、立っても座っても食べられる店をやりたい。でもとりあえずの目標は、ここでお客さんが喜んでくださり、きちんとした評価をいただくことです。そうすればスタッフにもお客さんにも恩返しができる。
Q:喜んでもらって、不幸になってもらって…
檜垣:そうですね。不幸にしてあげようと思います。(笑)書き方間違えると「何やこいつ!」と思われそうですね。
Q:気をつけて表現を選びます。(笑)
檜垣:そういう幸せの向こう側を見ていただければ、ということです。
今後といえば、ワインリストももう少し豊かにしたいです。今はワインや食後酒は僕が選んでいますが、店で働いてくれているソムリエの彼とイタリアへ一緒に行って、ピエモンテ、トスカーナ、サルディーニアなどイタリアの豊かなワイン文化を知ってもらいたいです 。 もちろんフランスのワインも、ブルゴーニュにしてもシャンパーニュにしても美味しいものも選んでお客さんに楽しんでもらいたいです。今イタリアワインだけにしているのは、やっぱりイタリア料理に合うものを、しかもイタリアワインがフランスにはあまりないのでイタリアにもこれだけワインがあるのだということを知ってもらうためです。コーヒーもヴェローナから直接仕入れているこだわりのコーヒーです。こちらのコーヒーは酸味が強くて僕はあまり好きではないということもあって、イタリアの美味しいものを使っています。店舗も改装してもっと広くしたいし、天井ももっと高くできるのでしたいし…
Q:天井が高くできるんですね。まあ今の天井の高さが家庭的な雰囲気を醸し出しているとは思いますが、天井が上がると確かに気持ちいいでしょうね。
檜垣:とはいえまずは地に足をしっかりつけてここを軌道に乗せることが大切ですね。フランスにはフランスの美味しいものがありますが、イタリアにも同じぐらい美味しいものがある。どっちが上とか下ということはない。だからこそ近所の人が「今日は美味しいパスタとイタリアの美味しいワインがいいな」と思ってくれたら、旅行者にしてもパリにもこういう美味しいイタリアンがあるという選択肢の一つになれたらと思います。日本でイタリア料理を作っている若い人たちも、 修行に出るのはニューヨークやアジア圏、そしてもちろんイタリアだとしても、ワーキングホリデーのあるフランスでもイタリアンの修行ができるということになれば、もっと彼らの世界や視野も広がると思います。そういう意味でも、イタリア料理を目指す人たちの可能性が1ミリでも広がるのであれば、自分はやっぱりイタリア料理で、パリで勝負したいと思っています。料理を目指す人はワーキングホリデーもあるのでフランスへ来るじゃないですか。海外に出る機会の一つとしてイタリア料理も面白そうだと興味を持ってくれればいいし、フランスを見て感化されればいいとも思うし、イタリア料理への想像を膨らますのもいいし、近くなので実際にバカンスを利用して行って学ぶのもいい。
Q:お話を聞きながら、結局イタリア料理にしてもフランス料理にしても、 今では何が違うのだろう?と考えてしまいます。
檜垣:そうですね、何が違うのか、ということは今さらないと僕も思います。昔の料理、いわゆるクラシックな料理を比べればあります。でも今の、現代の、ということであれば違いはないです。
Q:とすると前の質問と重なってしまうかもしれませんが、檜垣さんの考えるイタリア料理というのは?
檜垣:新鮮なものをそのまま出す。例えば日本料理だと新鮮な刺身に少しのあしらいをして出すじゃないですか。そこが僕はイタリア料理と似ていると思うんです。カルパッチョにレモンとハーブを添えてオリーヴオイルをかけるだけという感じが、僕が考えるイタリア料理の原点です。ただこれだけだとレストランのイタリアンです。僕はガストロノミーとして料理をするので、そこに何か美味しくなるもの、相乗効果が出るものを付け加える。それが付け合せやワイン、しつらえや空間などです。これが僕の考えるイタリアンのガストロノミーで、そこにもちろんパスタや細かい調理の作業や気遣いがあります。肉一つにしても火をわーっと通して出来上がりがパサパサになるのではなくて、何時間もゆっくり煮た結果肉がほろっと崩れる、というところまでに気を配る。そこがビストロとガストロ(ノミー)の違いだと僕は思っています。目に見えないところに気を配ることが、僕が意識するガストロノミーです。
パリには美味しいイタリアンはないし、簡単なので賄い飯でも料理人はパスタを作りますが美味しいものは本当になかった。見た目は綺麗なので僕はフレンチパスタ、と呼んでいました。結局イタリア人が作れば、なんでもイタリアンになる。フレンチのシェフ、パスカル・バルボさんがたとえ味噌を料理に使ったとしてもフランス料理として認識されるじゃないですか。
Q:やっぱり皆さんシェフとして独立して自分の料理を世に出すということになるとそこでまず自分を表現する、自分のアイデンティティを意識するということでしょうね。檜垣さんの場合には、日本で開眼したイタリアンがきっかけで佐藤さんと出会って佐藤さんのフレンチに揉まれ、今は内面からぎゅーっと自分を押し出そうとしていらっしゃる時なのでしょう。
檜垣:そうですね。独立したては誰もが目指したものや料理を教わった人のことを意識すると思うんです。その後自分の癖、というかこういう系統になりがちだ、ということにメニューを考えながら気づきます。今僕の場合は、温めてきたものがあるしメモも取ってきたので、ポンポンと料理が思い浮かびます。でも数ヶ月後に「メニューをどうしようかな」と考えても出なくなる時がやってくる。スムーズに出る間は人の料理だったり食べたことのある料理だったりすると思うので、出なくなった時に自分の本質が出てくるんじゃないかと思っています。悩みだしてから変わるのだろう、と。それがまた楽しみでもあります。
Q:楽しみでもあり苦しみかもしれない。
檜垣:まあそうですね。別にフランス料理、イタリア料理と括らずに美味しいものを食べていただくのが本当は一番なんです。
Q:確かに。美味しいことが一番大切です。さて、皆さんにお聞きしていますが、料理とは檜垣さんにとって何ですか?
檜垣:何でしょう… まあ自分にとってかけがえのないものでもあるし、好きなものでもあり嫌いなものでもある、というか。表裏一体なので、苦しみもありますから。人生というと大げさですけれど、まあ与えられたもの、神様から「料理をやっていいよ」と言われたもの。
Q:授かったもの、ですか?
檜垣:僕はとにかく飽き性なんです。でも料理だけは飽きなかったし、ずっと続けてきたものだからこそ料理で認められたいと思った。そういう意味ではやっぱり「与えられたもの」というか。器用なタイプでもないのに、怒られても蹴られても辞めなかったのは、自分が何か料理に感じるものがあったからだろう、と。でももしかすると「料理とは何か?」ということを見つけるためにこうして料理をしているのかもしれないです。好きだということはわかっている、作りながら感じている。だからこそその「何か」を探すための道を今歩んでいるのかもしれない。
Q:料理をしていなかったら何をされていたと思いますか?
檜垣:僕は服、特にスーツが大好きなんです。スーツを作る職人になりたかったかもしれないです。
Q:仕立て屋さん?
檜垣:イギリス、ロンドンが大好きです。靴もスーツもイギリスのものしか買いません。
Q:わー、おしゃれ!ボンド派ですか、ホームズ派ですか?
檜垣:ホームズの時代の帽子とかステッキとか大好きです。だから明治維新の頃の日本の服装も好きですね。イギリスの流れを感じます。だからイタリアよりロンドンで買い物をするのが好きです。
Q:イギリスに美味しい料理がなくて良かったですね。そうじゃないと今パリには住んでいらっしゃらないでしょう?
檜垣:ロンドンにもすごく美味しい店はありますけれど、パリに住んで、来て良かったです。イタリアがいいのは、大きな街も都会過ぎないことです。こうして話しながらまた行きたくなっています。
Q:楽しいお話をありがとうございました。
L’Inconnu
Adresse : 4 rue Pierre Leroux, 75007 ParisTEL : 01.5369.0603
ランチコース 24-50€、夜のコース 45-65€ 昼 12-14h、夜 19h30-22h 日曜夜・月曜休